すべては砂漠から始まった、スターウォーズを音楽で振り返る / スター・ウォーズの音楽特集 ハリウッドとクラシック音楽

映画『スター・ウォーズ(STAR WARS) 』の新作公開にあわせて、その音楽をまとめつつ、ハリウッド映画の音楽の素晴らしさを書き連ねてみた。
アメリカ文化は軽視されることが多々あるが、一時期は欧州を凌駕するほど欧州文化が開花した時代があった。スター・ウォーズの音楽はこのことと深く関わっている。
今回の記事を書くにあたり、オーディオ関係の書籍を読み返していたところ、とあるオーディオ本が学生時代に読んだ本、蓮實重彦著の「映画がいかにして死ぬか」を思い出させてくれた。書棚から埃をはらって、蓮實先生の本を読んでみると今回の記事とテーマがかぶっている上に、かなり同じことが書いてあり驚いた。
その、かぶっている内容とは、エーリヒ・コルンゴルト(Erich Korngold)やハリウッドの音楽と欧州の関係等々、もちろんスター・ウォーズについても、ちょっぴり蓮實先生は触れている。「エーリッヒ・コーンゴルド」と人名表記が古いのはご愛嬌で、さすが蓮實大先生だけあって、インターネットのない時代に、とても詳しくコルンゴルトのことが書いてある。ただ、コルンゴルトが作曲家として再評価される前のお話なので、記述内容が少々曖昧だったりもする。今回の自分の記事で多少なりとも補えているのが僭越ながらちょっと嬉しい。

映画はいかにして死ぬか 横断的映画史の試み 新装版 蓮實重彦著

正直言うと蓮實先生のご著書は、私には小難しくて得手ではない。しかし、その見識の深さは愚鈍な私にですらわかる。実際、彼がいなかったら、自分がダニエル・シュミットの作品等に触れる機会もなかったし、そうするとその映画中で使われていたオペラ「死の都」なんかにも早くから触れることもなかったので、蓮實先生のご著書には感謝の気持が強い。
若い時分に、こういう書籍や映画に出会い、そして当時はその内容を深く理解していなくとも触れていたこと、なんらかの印象を残していたことが、如何にその後の人生を豊かにしてくれるかを感じた次第。今回の記事は蓮實先生の聖林映画への愛に対するオマージュのつもりでもある。

今般、新作「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」の公開に伴い、以前、日経ビジネスオンラインに連載したものを加筆編集した。連載当時、関係者の方々に奔走いただき、映画配給会社よりター・ウォーズのフィルムカットの使用許可が得られそうだった。しかし、連載媒体のスポンサーと映画本体のスポンサーが同業他社であることから結局は破談になってしまい、使用不可の憂き目にあった。今回は出典先を明記して、許可が出そうだった公式ページ等の写真をいくつか使わせていただいた。
連載時は映画のカットが使用不可になった為、本文趣旨にあった自分のストック写真などに急遽を差しかえをした。更には苦し紛れに「自分が所有している資料を撮りました」的な手法(笑)をとったのも、今では良き思い出である。

● 映画『スター・ウォーズ』と砂漠

砂漠でキャンプをされた経験はおありだろうか。満天の星空の下、遮るものが何ひとつない砂漠では、まるで真空空間にほうりだされたように無音状態になる。就寝時は自分の鼓動が聞こえてきそうなくらい静寂の世界だ。

もうだいぶ前のことになるが砂漠にハマッて、数回中東方面へ旅をした。映画『アラビアのロレンス』の主人公 ロレンスも横断したワジラム/ワディラム砂漠には幾度も訪れ、ベドウィン(砂漠の遊牧民)の案内によってキャンプをした体験はよき思い出である。

キャンプと言っても、大戦中から使用しているような、おんぼろランドローバーで砂漠のど真ん中に連れていかれ「ここらでどうだ」と置いていかれるだけの野宿のようなもの。乗せてもらったベドウィンのランドローバーのメーターは壊れており、動く針はひとつもない。車が故障したと言われ、翌日迎えに来てくれなかったらどうなるだろう、と少し不安に思いつつも、目の前に広がる砂地、点在する岩山に見とれたものだった。

かなり年代物のランドローバー。ここも今では観光地化され、かなり設備も改善されたと聞く

ヨルダンの南部、ロレンスがアカバ攻略でアラブ人と共に走破したこの砂漠。ここは多くの映画のロケ地に使われている。スター・ウォーズにも何度か登場し、有名どころではマット・デイモン主演の『オデッセイ』もそうだ。赤っぽい砂が特徴で火星を想起させるため、SF映画には好都合らしい。

静寂の朝のワジラム/ワディラム砂漠、数々の映画のロケ地となった@ヨルダン

砂漠気候なので、日中はやはり厳しい環境だが、夜はとても涼しくなる。砂漠の涼しい夜風を浴びながら食事をするのは格別である。また、テントを張らずにマットレスを敷いて、ゴロリと寝転がるだけの文字通りの野宿なのだが、透明な空気の彼方、雲ひとつない星空を見上げたときの感動はひとしおだった。雨の降らない砂漠だからこそできる体験だ。

砂漠地帯を疾走するランドローバー。運転するのはベドウィンのアリ 氏。ダッシュボード内のメーター類は全壊

映画の中で、ロレンスは「砂漠は清潔だから好きだ」と言っていた。実際に砂漠に行ってみて、この言葉を実感した。空気の綺麗さ、清潔感は月夜に強く感じる。さらっとした涼しい風にあたりながら、砂丘を照らす凛とした月光を眺めていると、月明かりとはこんなに明るいものだったのか、と驚かされる。

たぶん、砂地に反射して余計明るく感じるのだろうが、この砂漠の涼しく凛とした雰囲気も、明瞭な夜の景色に一役買っているような気がする。ロレンスの言う「清潔感」とは、砂漠の凛とした風情をさしているのかもしれない。

一方、新三部作(プリクエル・トリロジー)の『スター・ウォーズ』では、主役アナキンが生まれ育った砂漠の砂を評して「ざらざらして嫌い」と言っていた。ロレンスとは真逆の言葉なのがおもしろいのと同時に、このあたりにも彼の邪悪さが感じられる(笑)。

砂漠とアナキン 写真:starwars.com

そして、砂漠とアナキンが秘めている邪悪さという構図を、直接的に表現したのが新三部作(プリクエル・トリロジー)の『エピソード1/ファントム・メナス』(1999年公開)のポスターだ。砂漠の住居にアナキンの影がダースベイダーとなって映っている。あまりに素敵なデザインだったので、映画会社の友人ルートで当時の配給会社 20世紀フォックスからこのポスターを入手してもらった。

「エピソード1/ファントム・メナス」公開時のアナキン(ダースベイダー)のポスター

このポスターの構図は、「エピソード2/クローンの攻撃」(2002年公開)の映画中でも再現されている。母を助けに行くアナキンの影が同じく砂漠の住居にちらりと映る。これがそのままダースベイダーの影になっており、彼の行く末を暗示している。お花畑でゴロゴロというラブシーンがSF映画にしては少女漫画っぽくしすぎでは、と感じたエピソード2だが、こういった工夫が随所に見られるのがスター・ウォーズのおもしろさである。

ちなみに先の砂漠の住居シーンは、ルークがアナキンと同じく保守的な家族とのジレンマを感じる『エピソード4/新たなる希望』(1978年公開)のワンシーンとイメージが重なる。ルーカスは意図的に初作であるエピソード4の構図をそのまま用いているのだ。

また、「エピソード3/シスの復讐」(2005年公開)のラストである印象的な2つの太陽のシーンにも、ルーカスは初作であるエピソード4の構図を使っている。2つの太陽と砂漠の住居をロケしたチュニジアには未だにこの住居が残されていて、観光も可能だという。2つの太陽こそ拝めないが、いつかは訪れてみたい旅先のひとつである。

エピソード4での2つの太陽 写真:starwars.com

● スター・ウォーズにおける効果的なライトモチーフ

スター・ウォーズ・シリーズはスペースオペラなどと呼ばれているが、その音楽はさらにオペラティックだ。ワーグナーばりのライトモチーフが多用され、人物設定もどことなくオペラ「ニーベルングの指環」に似ていなくもない。ライトモチーフとは、特定の人物や事象に奏でられる短いテーマ曲やフレーズのこと。例えばルークが登場するとメインテーマである彼の旋律が流れるという具合だ。

ニーベルングの指環@ ロイヤル・オペラ・ハウス、ロンドン

スター・ウォーズにおいては、ルークたちの師であるヨーダから、新三部作(エピソード1~3)で登場するヒロインのアミダラまで、主要な登場人物すべてのライトモチーフが決まっている。中でも、エピソード3でアミダラがレイアとルークを出産し、そこから連なるラストのシーンで四半世紀前に公開されたエピソード4の2つの太陽のシーンに回帰するところは、次々と流れるライトモチーフとあわせて感動的だ。レイアとルーク、そしてフォースのテーマ曲が各々じんわりと流れ、将来をほのめかしながら次の三部作(エピソード4~6)につながる余韻を残して閉幕、という展開であり見事である。

● フルオーケストラの音楽を復活させたスター・ウォーズ

このライトモチーフ手法は作曲者であるジョン・ウィリアムズ(John Williams)の提案が監督ジョージ・ルーカス(George Lucas)に取り入れられて実現した。当初、ルーカスはドヴォルザークとフランツ・リストの曲を使おうとしていたが、これを思いとどまらせ映画にふさわしいオリジナル曲の作曲に向かわせたのはウィリアムズだった。逆に、酒場のシーンで用いられる音楽は「ベニー・グッドマンの曲を宇宙人がコピーしたような音楽で」というルーカスの発案によるものである。

そもそもスター・ウォーズの音楽にジョン・ウィリアムズが起用されたのは、フルオーケストラのオリジナルスコアにルーカスがこだわったことに始まる。初作が公開された1970年代のハリウッド映画はシンセサイザーの音楽などに偏り、ハリウッド映画において一世を風靡したフルオーケストラの映画音楽は影を潜めていた。そのフルオーケストラの音楽を復活させたのがスター・ウォーズであり、ルーカスとジョン・ウィリアムズだった。まさしくスター・ウォーズは音楽面でもエポックメイキングな映画であったのだ。

1940年代から1950年代のハリウッドはフルオーケストラの音楽が大活躍の時代であった。そのため、各映画スタジオは音楽部門に最強の布陣を敷いていた。40年代半ばのハリウッドの代表的なスタジオであるMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)にはフルタイムの作曲家が20名、オーケストレーターが25名、写譜係が40名も在籍していたという。迅速な作曲が必要とされる映画音楽では、製作時間もあらかじめタイトに決まっており、作曲者のメロディをオーケストラの各楽器に割り振って編曲する役割であるオーケストレーターは必須の存在である。

そして、7週間程度で映画1作分の作曲をしなくてはならないスター・ウォーズも、迅速さにおいて例外ではなかった。ジョン・ウィリアムズには長年専属のオーケストレーターがいる。先だって惜しまれてこの世を去った有名指揮者のアンドレ・プレヴィンもその昔は、MGMスタジオのオーケストレーターとして下積みをしていた。いわば有能な音楽家達が人海戦術で造らなければならないのが、フルオーケストラの映画音楽なのである。

● ハリウッド音楽を育てた欧州のクラシック作曲家たち

ハリウッドの映画音楽が最盛期を迎えた大きな要因として、第二次世界大戦の影響がある。ユダヤ人を中心とした多くの文化人がナチスと戦火から逃れるために欧州からハリウッドに流入した。音楽も例外ではなく、ヨーロッパの作曲家、演奏家たちが大挙してアメリカに避難したのがこの時期である。

そこで、居をアメリカに移した著名なヨーロッパ出身のクラシック作曲家たちは、ハリウッドからこぞって映画音楽作曲のオファーを受けることになる。中には、スタジオに無茶な条件をつきつけた上に「私は美しい音楽は書かん」と嫌味まで言って断ったシェーンベルク、ディズニー映画「ファンタジア」で自作を勝手に改作して使用されたことにご不満なストラヴィンスキーのように、映画に音楽を提供しなかった作曲家もいるが、多くの作曲家が映画音楽に進出した。

シェーンベルクの弟子であった「エデンの東」のレナード・ローゼンマン、同じくシェーンベルクに師事した「レベッカ」のフランツ・ワックスマン、またグスタフ・マーラーに習った経験を持つ「風と共に去りぬ」のマックス・スタイナーなど、多くの有能な作曲家がハリウッドで活躍することになる。これらの系譜からハリウッドの音楽には脈々とヨーロッパの音楽の血が流れているといえる。

その中で、ひときわ輝いているのがウィーンの音楽家エーリヒ・コルンゴルトだ。神童と呼ばれ子どもの頃から作曲家としてウィーンで大活躍した彼は、アメリカに渡り映画音楽の作曲家としても花開く。戦争が始まるとユダヤ人である彼はアメリカに亡命し、ワーナー・ブラザーズに落ち着く。この頃のワーナーには先のワックスマンやスタイナーも在籍しており、ハリウッド音楽が栄華を極めていた。コルンゴルトは昨今、日本でもオペラ「死の都」が新国立劇場にて上演されるなど、クラシックの作曲家としての再評価も高まっている。 (次回に続く)

新国立劇場で演じられたオペラ「死の都」のパンフレット。自在に変化するライティングが幻想的なステージをかもし出していたのが印象的であった

ヨルダン / ワジラム(ワディラム)砂漠 砂漠

<<関連記事>>
すべては砂漠から始まった、スターウォーズを音楽で振り返る / スター・ウォーズの音楽特集 ハリウッドとクラシック音楽

作曲家ジョン・ウィリアムズが一目置く名演奏、チャールズ・ゲルハルト指揮のスターウォーズ旧三部作 / スター・ウォーズの音楽特集 プロデューサーと録音エンジニア

スターウォーズ音楽 怒濤のディスクレヴュー / スター・ウォーズの音楽特集 名演奏による饗宴

にほんブログ村 旅行ブログ 旅行情報へ
↑よろしければ、ランキングにクリックくださると嬉しいです。ブログランキングに挑戦中でして怪しいリンクではありません-笑