BBCプロムス最終夜は英国万歳のプログラム / 『諷刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代』 を読む

前回からの続き。BBCプロムス(The Proms)とは、ロンドンのハイドパーク横の巨大ホール、ロイヤル・アルバート・ホールにて8週間にもおよぶ世界最大の夏のクラシック音楽祭。そして最終日の夜は盛大に盛り上がる。これは Last Night of the Proms と呼ばれ、BBCによって英国各地の野外会場と中継もおこなわれる一大イベント。愛国的な側面が度々物議を醸す。
このBBCプロムス最終夜の演目は独特であり、後半は大英帝国万歳のイベントに様変わりする。その演目となる曲の時代背景を考えてみた。

●プロムス最終日は大英帝国万歳

プロムス最終日は、8週間と言う長き期間にわたったイベント終了のお祭り騒ぎだけでなく、大英帝国万歳というナショナリズム満開のイベントに様変わりする。過去においてもナショナリズムを刺激するその内容と時の政情によって、演目内容に物議をかもしたりしていたらしい。実際、後半のプログラムの曲のほとんどが英国の植民地支配時代を謳歌する曲だけに、まあいろいろな思惑が錯綜するのも仕方がない。

旗を振り、いっしょに歌い、隣の人と手をつなぎ盛り上がるプロムス最終日 @Royal Albert Hall

● プロムス最終日の定番演目

プロムス最終日に定番として演奏される曲はこちら。演奏会の終盤に延々と愛国的な曲が続くのだけど、そちらを作曲年代順にならべてみた。尚、年代を付したが、作詞と作曲が別々のものも多いので作詞作曲が出そろった年代を記してある。

・ルール・ブリタニア※ 1740年
・ゴッド・セーヴ・ザ・クイーン※ 1745年
・見よ勇者は帰る(ユダス・マカベウス) 1747年
(・Auld Lang Syne(蛍の光) 1799年)
・希望と栄光の国(威風堂々第1番)※ 1902年
・英国の海の歌による幻想曲 1905年 
・ジェルサレム※ 1916年
※をつけたものはほぼ毎年必ず演奏される演目

「ルール・ブリタニア」や「ゴッド・セーヴ・ザ・クイーン」などの1740年から1747年というと18世紀半ばで、日本は江戸時代のど真ん中あたり、音楽史ではバッハの晩年で、モーツァルトはまだ生まれていない。

英国史的には、
1713年がユトレヒト条約なので、スペインが逝く、英国はフランスも押さえてのし上がる
1763年はパリ条約でフランスが逝く、大英帝国確立の第一歩を築く
といった案配で、当時の列強であるオランダ、スペイン、フランスを英国が次々とへこました時代とも言える。その後にアメリカには独立されてしまったけれど、産業革命を背景に英国の勢いはとどまるところを知らず、ヴィクトリア朝を迎えることになる。

もう一方の年代「 希望と栄光の国(威風堂々第1番) 」などが作曲された1902年から1916年というのは、ヴィクトリア朝が終わった直後で第一次大戦前の時代。ちょうどBBCドラマ『ダウントン・アビー』(Downton Abbey)の時代で植民地も健在、大英帝国の最盛期とも言えるかもしれない。あわせて貴族が没落し、中産階級の立場が確立された時代とも言える。ちなみに英国の女性参政権獲得は1918年。

要するに、大英帝国が確立し、ヴィクトリア朝で植民地と産業革命により英国が栄華を極めた時代である。そして、演奏される曲は2度の大戦で英国が疲弊する前の最盛期を謳歌した曲たちとなる。この辺りの時代背景を実感するにはロンドン博物館(Museum of London)にあるヴィクトリアン・ウォーク(Victorian Walk)の展示がよい。ガス灯に店には珍しい商品があふれかえり、二輪馬車の往来の音が聞こえるような等身大の展示があり、中産階級の豊かで贅沢とも言える暮らしぶりがわかる。

ヴィクトリアン・ウォーク @Museum of London

●18世紀のロンドンの状況をホガースの描く世界で想像する

この18世紀のロンドンの状況であるけれど、音楽以外の英国文化が盛り上がらない訳がない。絵画史的にはそれまで英国が多くを学ぶ対象だったイタリアから、1746年に画家カナレットがロンドンに来て、その後9年間にロンドンで絵を描きまくっている。もう一人、英国絵画史の立役者、1697年生まれのホーガスが活躍し、英国絵画史が始まるともいえるのが、この時代でもある。ちなみに英国画家ターナーは1775年生まれ。

カナレット作 セントポール大聖堂のあるロンドン風景(1748年)@Lobkowiczký palác, Czech

この時代をホガースの絵画から解説した面白本がある。

『諷刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代 』(朝日選書) 小林章夫, 齊藤貴子著

ウィリアム・ホガース(William Hogarth)はロンドンで活躍した英国画家で、風刺を交えて精緻に描かれる版画や絵画は当時の英国の姿をInstagramで切り取ったように活写する。

例えば、英国はスペインを追い落とす一方、 1720年に国内では無茶な投機証券が横行し、そのバブルがはじけてして中産階級が経済的に大きな痛手を被る。この「南海泡沫事件」を風刺画でホーガスは生き生きと描写し、彼自身の評価を高めるきっかけになった。
その絵を見てみると、中央の回転木馬に跨がることを奨励する煽り文句の下、木馬には南海事件の渦中にある様々な位の人物が跨がっている。そして、木馬の下は我も我もの大騒ぎの状況。左手奥には投機に勝った者と結婚する富くじが開催されており女性が並ぶ。手前左では女神が悪魔に切り裂かれ、その肉が大衆に投げ与えられている。けたたましくも、儚い状況が1枚の絵に見事に納められている。

ホガース作 南海泡沫事件(Wikipediaより)

こうした皮肉の効いたホーガスの版画からは、勃興する中産階級の様、つまり大英帝国の確立する過程で、彼らこそが世界の中心になっていく様を読み取ることができる。

後に、カンバセーション・ピースなる小ぶりの集団肖像画をホーガスは手がけるのだけど、これは等身大の貴族向けの肖像画と異なり、ややこぶりなもの。貴族ほどの豪邸をもたない中産階級の富裕層向けに適切なサイズの絵を供給した。
こういった時流にホーガスは見事に乗っかり名声を高めていく。そして、彼が描くと、そういった肖像画ですら、どことなく風刺が効いてしまうのもおかしい。

拡がる美術需要に対応するために、初めて販売予約システムを確立して、版画を売りまくったのも彼だ。更には、悪質な自作品のコピー品が出回ると、議会に働きかけホガース法なる著作権法を制定させたりもする。時代の寵児であり、クリエイターでありながら、たいした政治、商売のセンスをお持ちなのである。

ヴィクトリア朝は中産階級の勃興とともに貧富の格差が拡大し、下層階級も生んだ。産業革命により都会に出てきた貧しい労働者はそのままスラムを形成したのだろう。ここでもホガースは腕を振るってその様子を皮肉に描く。『ビール通りとジン横丁』がその版画で「ジン横町」の舞台はイースト・エンド。この画を見れば解説不要の悲惨な有様が見てとれる。一方、「ビール通り」のほうはトラファルガー広場付近で恰幅のよい方々が景気よくビールを楽しんでいる。
この2枚の画の仕掛けがまた面白い。三つの玉がついた看板は質屋らしく「ジン横町」のほうは質屋が大繁盛し、「ビール通り」のほうは質屋は廃業している。そして、「ビール通り」の左手にいるボロ着をまといキャンパスに向かっている御仁はなんとジンの看板を描いているらしい。ジンの看板を描く貧乏画家を「ビール通り」に登場させて、いつ没落するかわからないぞと、ジンの危険性を暗示しているのだと言う。

ホガース作 ビール通りとジン横丁(Wikipediaより)

こういった感じでホガースの眼差しは貴族から末端まで広範囲におよび、当時の世相を知るのにうってつけなのである。

残酷の四段階』という、残虐な少年の末路を描いた作品がホガースにある。1751年には殺人者には残虐な刑が容認される法律が制定され、遺体は外科医に払い下げられ見世物のように残虐に解体されたとのことで、最後に悪者は公開解剖の刑となる。実際の解体の様子はロンドンのセント・トーマス病院の手術室 (The Old Operation Theatre Museum)の壁に貼ってあるおぞましい手術の様相の絵画からも推し量ることができるが、なんとも当時はむごいことをおこなったものだ。

セント・トーマス病院の手術室 @The Old Operation Theatre Museum

また、債務者監獄という借金の返済ができない人専用の牢獄があり、窃盗犯などの犯罪者と区別され収容されていた。この監獄は規則も緩やかで、収監者は家族ぐるみで獄舎に入ったり、昼間家族は外出できたりもしたと言う。そして、苦労人だったホーガスもかつて親が破産し監獄に身を置いた。それ故にホーガスの版画には監獄がよく登場する。
その中のひとつに賭場で所持金を上回る賭け事に興じてしまった人が大きな籠に入れられさらし者にされる景色がある。当時はお金に関する独特の処罰が用意されていたことから、初期の資本主義の混沌とした状況が垣間見える。

かような具合にヴィクトリア朝時代の独特の風習も知ることができるのがホガースの版画。最後にサー・ジョン・ソーンズ美術館 (Sir John Soane’s Museum)と言うユニークな美術館をば、ここにはホガースの連作油彩画『放蕩一代記』が展示されている。版画の原案になったもので、放蕩者の末路が連作で綴られ、とても面白い。更にはこの美術館がユニーク。絵画だけでなくギリシャローマ建築や石彫、美術工芸品から骨董品が展示されているのだが、凄いのはその展示方法である。まるで集めたアートがディスカウントストア「驚安の殿堂 ドン・キホーテ」のように雑然かつ所狭しと壁を埋め尽くす展示方法なのだ。建築家だったソーンズさんが自ら建物をしつらえ、骨董や遺跡の石片が壁を埋め尽くし凝りに凝った採光による、おどろおどろしい空間は強く記憶に刻み込まれる。そして、写真撮影禁止なのが惜しまれるほど見応えがある美術館だ。

サー・ジョン・ソーンズ美術館 @London

混沌としたロンドンや中産階級の興隆に沸き立つ英国に思いを馳せ、このプロムスの英国万歳の歌を聴くと、まあ元気はあっただろうけど、そんなに楽しいばかりの時代ではなかったのだろうな、と想像した次第。

<詳細情報>
ロンドン博物館(Museum of London)
 150 London Wall, Barbican, London

セント・トーマス病院の手術室 (The Old Operation Theatre Museum)
 9a St Thomas St, London

サー・ジョン・ソーンズ美術館 (Sir John Soane’s Museum)
 13 Lincoln’s Inn Fields, Holborn, London

ロブコヴィツ宮殿(Lobkowiczký palác)
Jiřská 3, 119 00 Praha 1-Hradčany, Czech

イギリス / ロンドン

『諷刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代 』(朝日選書) 小林章夫, 齊藤貴子著

サー・ジョン・ソーンズ美術館については以下の2冊がとりわけ詳しくてお薦め

ロンドンの小さな博物館 清水 晶子 著
ロンドンの美術館―王室コレクションから現代アートまで 桜井 武 著
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