グダニスク(Gdańsk)はドイツ語ではダンツィヒ(Danzig)と呼ばれ、実はポーランドというよりもドイツ文化圏に属していた期間のほうが遥かに長い。それ故にドイツ文化色の濃いハンザの港町であり、北ドイツ的な面影もあちこちに見られる。
グダニスクが港町として栄えるにはうってつけの条件があった。それはヴィスワ川のデルタ地帯に位置していること。このヴィスワ川はクラクフ、ワルシャワと内陸の大都市をつなぎ1000キロにも及ぶポーランド最長河川である。
その為、 ハンザ同盟や海事関係の博物館がとても充実している。グダニスク歴史博物館(Gdansk Historical Museum / Muzeum Gdańska)では、ハンザ時代の市庁舎であり、その栄華を肌で感じることができるし、 ポーランド海洋博物館の分館 クレーン博物館(Żuraw. Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)では、中世の港湾都市の様子や大小様々の当時のクレーンがジオラマで堪能できる。
また、港町であり造船でも栄えた都市なので。ポーランド海洋博物館- 海洋文化センター(Ośrodek Kultury Morskiej / Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)には、各国の船に加えて造船技術のブースがあり、 ポーランド海洋博物館の本館である穀物倉庫(National Maritime Museum in Gdansk. Headquarters Narodowe Muzeum Morskie w Gdańsku. Siedziba główna)には船の断面モデルなども多く、またハンザの立役者であるコグ船から現代の軍艦まで幅広く展示されている。
● グダニスク歴史博物館
● ポーランド海洋博物館- 海洋文化センター
● ポーランド海洋博物館- クレーン博物館
● ポーランド海洋博物館- 本館 穀物倉庫
● グダニスク歴史博物館(Gdansk Historical Museum / Muzeum Gdańska)
定石通り、都市を訪れたら、その町の歴史博物館の扉を叩きたいのだが、この博物館の開館日と開館時間には少々苦労した。グダニスクに到着した初日の日曜日は16時で既に閉館で入れず、月曜日は休み、なんと火曜日は展示入れ替えで急遽休みとなった。その結果、入館できたのがグダニスク訪問しての4日目。逗留しなければ、訪問が叶わなかったわけだ。その他の博物館でもグダニスクでは開館時間が細かく設定されており、午前のみ開館などのところもあった。博物館巡りには、開館状況の事前確認が必要だ。
建物は旧市庁舎であり、さすがハンザ都市の代表格だったグダニスク(ダンツィヒ)だけある見事な建物。1561年に完成した尖塔は82メートルあり、表通りのドゥーガ通りから一番目立つ、そして中は壮麗そのもの。建物内を見るだけでも価値があり、4日目にして訪問できてよかった。
中に入ると天井高く、技巧を凝らした室内装飾がいたるところに目に入る。家具なども見事だ。
そして「赤の広間」と呼ばれる評議会がおこなわれた部屋はとりわけ豪華である。ハンブルクにこそかなわないが、他のハンザ都市には引けを取らない規模と豪華さである。
その他にも戦前の庶民の暮らしぶりの展示やグダニスクの銀細工などが展示されているが、やはりこの建物自身がグダニスクの発展と栄華を饒舌に物語っている。
そして、展示の中で一番目を惹いたのは第二次大戦直後のグダニスクの町の写真である。凄まじい廃墟ぶりであり、まともに建っている建物はひとつもない。解説には、戦後すぐの1945年4月に廃墟の片付けが始まり、1947年末に昔のままの形で再建する決定がなされたとある。焼け野原から多大の努力を払って、この町の人々が美しく歴史的な街並みを再現したことがわかる。
王の道と言われるドゥーガ通りには、現在見事な装飾の建物が建ち並ぶ。その装飾は主にグダニスク国立美術大学の手によって再建されたようだ。ルネサンス芸術や典型的なポーランドのモチーフを参考にして制作されたが、過去にあったドイツ的な要素は取り除かれたと言う。
終戦直後の1945年5月の終わり時点で、グダニスクには約12万人のドイツ人と1万5千人のポーランド人が住んでいた。そして、ヤルタ協定によってドイツ人はドイツへ強制退去となる。その後、中部のポーランド人が自発的にドイツ人の住んでいたアパートに入居し始め、次第に南東部、東部国境地帯からも移住者が定期的にグダニスクに流入してきた。
グダニスク歴史博物館前の広場には海の守り神ネプチューンの噴水(Fontanna Neptuna)がある。こちらも古くて、1633年に完成したもの、このネプチューンは港街グダニスクの勃興をずっと見つめていたのだろう。
● ポーランド海洋博物館- 海洋文化センター(Ośrodek Kultury Morskiej / Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)
このところの各国の海事博物館を訪れているので、港街かつ一大ハンザ都市であったグダニスクの海洋博物館の訪問をとても楽しみにしていた。最初に訪れたこちらの海洋博物館は、現代の船舶関係とカヌーなど木製の船のフロアと主に2種類の展示フロアで構成されている。現代の造船所の動画など興味深いものはいくつかあったが、建物が近代的で大きそうに見える割には展示品はさほど多くない。近辺に海洋博物館の分館があるので、かなりテーマを細分化して分散展示しているようだ。
まず、現代の船舶の関わる展示フロアで興味を惹いたのは造船に関わる展示であった。2015年より排出ガス規制区域(ECA-バルト海、北海、英仏海峡、米国とカナダの海岸)を航行する全船舶は、硫黄排出量の0.1%の削減を求められている。その為、船主は硫黄分の少ない燃料を使用するか、硫黄酸化物の排出を制限するために排気ガス洗浄装置(スクラバー)を設置するか、のいずれかを選択することになった。
グダニスクのレモントワ造船所(Remontowa Shiprepair Yard)はこのスクラバーの改造の先駆者らしく、動画で改修工事を見せていた。この巨大な煙突部分内部に機器を追加設置しカバー含めてピッタリ接合しなおす様は見所たくさんで、食い入るように動画を見てしまった。
そして、こちらは浮きドッグのプロセスの説明。レモントワ造船所(Remontowa Shiprepair Yard)で、この浮きドックの作業は5 時間から 12 時間ほど要するらしい。
別のフロアのカヌー類の展示では、ペルーの葦の筏(Reed rafts)と英国のHide boats/コラクル(coracle)が面白かった。
ペルーの葦の筏は海での漁で使い、通常ひざまずいて操縦し、海が荒れている時は跨がって操縦するらしい、いずれにせよ海でこれに乗って漁をするのは、かなり難しそうである。葦でできた筏のようなもので、何世紀にもわたって作られてきたらしい。砕波のある難所ではジョッキーのように膝をついたり、足を前に伸ばしたりして船を操り、海が荒れている時はまたがって座ったりすることができる。立て掛けて干しながら使い、1ヶ月から6週間は使えるのだそうだ。
また、英国のものはコラクル(coracle)と言われ、背負って運ぶことができ、価格も安価だったので使用される機会も多かったらしい。用途は川を渡ったり、鮭やウナギなどの釣りなど多様なようだが、これも乗るのはかなり難しそうである。そして密猟者には欠かせない船とある(笑)。その歴史は古く、カエサルは紀元前56~55年にイギリスでコラクルに遭遇している。昔は純粋な作業船だったが、最近はコラクルのレガッタ競技などもあるらしい。
● ポーランド海洋博物館- クレーン博物館(Żuraw. Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)
グダニスクのシンボルとなっているクレーン(Żuraw) 内の博物館、ここも海事博物館の分館のひとつ。こちらは大昔のクレーンの重機の模型がたくさんあり、興味深い。展示されている他の重機模型を見るとグダニスクのクレーンは最大規模だったことがわかる。1442年から1444年に造られたこのクレーンはジュラフ(鶴)の愛称をもち、高さは27メートル、人力ながら実に4トンもの荷物を持ち上げることができたと言う。
このクレーンの動力の人力とは、巨大な車輪が4つあり、人が中に入って足踏みによって回すのである。車輪のあまりの大きさに口をあけて見上げてしまう。ちなみにこの建物の内部に入るには、運河から裏手に回った小さな扉から入る、小さな扉は常に閉まっているのでちょっとわかりにくい。
中に入ると沢山の模型に迎えられる。まずは昔のグダニスク港の模型、この倉庫は貴重な貨物が保管されていたため、港では珍しいことに倉庫の周囲が壁で囲まれていた。
次は18世紀の木造倉庫での灰の樽の荷下ろしの模型、その昔はグダニスク港から灰はよく輸出されたらしい。
その他にもクレーンの模型もたくさんあり、その動力の伝え方の仕組みなど興味深い。
グダニスのククレーンの模型もある。2対の車輪があり、その中を人が歩くようになっている。上段の車輪だけだと27メートルの高さまで2トンを持ち上げることができ、両方の車輪を使うと4トンを11メートルの高さまで持ち上げることができた。水上船舶にマストを設置するためにも使用された。
博物館を見てまわる内に上段の車輪を間近で見ることができるようになっている。クレーン本体の建屋に移動してからの上階下階へは小さな板階段で移動するので多少苦労するが、階はかなり高い位置にあり景色も良い。
クレーン博物館には、クレーン以外にグダニスクの港としての展示解説もある。
グダニスクはポーランド王国の時代に王より商品売買の独占権を得ていた。更には商人たちの才覚もあった為、当時の国際貿易においても主導的な地位にいた。グダニスクの輸出の80%以上がポーランドの中心部からの穀物であり、これは欧州で穀物供給が安定化するまでの間続く事になる。主な輸出品としては小麦粉、麦芽、野菜、果物、木の実、木材、灰に加え、鉛、銅、鉄などの金属があった。一方、輸入品としては織物や金属加工品、食料品(柑橘類、香辛料、オリーブ、砂糖)、魚や魚の肝油、アルコール飲料、塩、燃料、毛皮、皮革などがある。
海上輸送で発生するリスクを軽減するために会社組織を設立することも多く、そのほとんどが家族経営だった。また、穀物の先物契約もおこなわれていたらしい。商人の家は取引の場でもあり、倉庫でもあった。天井の高い1階の大広間で客を迎え商売をするのと、同時に家族の生活空間の一部でもあった。
小売業では現金での支払いが主流だったが、多額の貿易関係の支払は現金以外が好まれ、中世末期から銀行を活用していた。また、帳簿付けが行なわれており、17世紀の帳簿が現存しているらしい。
帆船には大量にロープを使うので、海事博物館ではロープ造りの展示をよく見かける。グダニスクでは14世紀の文献にロープ造りの記述がある。ロープ造りにはタールを染みこませる過程があるが、その精製設備もグダニスクにはあったよううだ。
● ポーランド海洋博物館- 本館 穀物倉庫(National Maritime Museum in Gdansk. Headquarters Narodowe Muzeum Morskie w Gdańsku. Siedziba główna)
穀物倉庫も海事博物館の一角を構成しているが、実はこちらが本館。運河対岸のレンガ倉庫を博物館としている為、中心地からのアプローチでは運河を渡らなくてはならない。シーズン中は渡し船があるようだが、オフシーズンの際は大回りをして運河を渡る橋まで行く必要がある。博物館の目の前にはSołdekと言う全長87メートルのポーランドで最初に造られた蒸気船の博物館船がある。
本館だけあって規模はこの対岸の館が1番大きく、展示品はやや古いながら膨大な量である。海事博物館に興味がある方は必見で、見応えも十分。他国の海事博物館に比べても存在感があり、船の輪切りのカットモデルが多いことも興味深い。このカットモデルによって船底の板のつなぎ合わせ方や側板の仕組みなどの構造がよくわかる。
ノルウェーのオーセベリ船(Osebergskipet)ヴァイキング船の断面モデル。800年頃に建造された。この船は、オスロのヴァイキング船博物館(Vikingskipshuset på Bygdøy)に実物が展示されており、いつかは訪れてみたい博物館。
1962年にブレーメン近郊で発見されたコグ船 Bremer Kogge(ブレーメン・コグ)の断面モデルもあった。こちらはブレーマーハーフェン( Bremerhaven)のドイツ船舶博物館で以前実物を見学したことがある。1380年頃に建造され、ハンザ同盟の時代に大活躍した船。
エルブロンク/エルビング(Elbląg)で1350年以降に建造されたコグ船。12~14世紀に活躍し、大きな四角い帆で4ノットから6ノットの速度を出し、最大70Łaszt(約200キロリットル)の積荷ができた。エルブロンクはドイツ騎士団の時代、プロシア時代でも最も重要な港であった。フランスやオランダ、イギリスなどと貿易をおこなった。
造船などのジオラマも興味深い、これによって当時の船の建造プロセスや運用方法がビジュアルで理解できる。
20世紀初頭のマリンクロノメーター、精度の高くグリニッジ標準時間を示し、 もう一つの時計は船の滞在場所の現在時刻を示す。この時間差で位置線(経度)を計算する。
魚雷艇 ORP Kaszub のジオラマ。 ポーランド海軍の最初の船の1つ。シュチェチン(Szczecin)でオランダの為に建造されたが、第一大戦でドイツ海軍に接収され、戦後ポーランドに授与された。
潜水艦 ORP オーゼル(ORP Orzel)は1939年9月1日ドイツがポーランドへ侵攻際に防衛に参戦するも、爆雷に被弾する。その為、タリンに退避するも抑留されかけ脱出、海図もない中なんとかイギリスにたどり着き、その後、イギリス海軍に編入されることになる。その後、幾度か哨戒任務にあたり戦果をあげるが、1940年6月に触雷(推測)により沈没した。
ポーランド海洋博物館- 穀物倉庫は、とにかく広くて、風格ある海事博物館である。かつてのハンザ同盟の港街グダニスク / ダンツィヒを訪れたら必見であり、分館の海洋文化センターとクレーンのみで終わらせてしまうのはもったいない、運河対岸まで足を伸ばしてみることをお薦めする。
ポーランド / グダニスク
<詳細情報>
・グダニスク歴史博物館(Gdansk Historical Museum / Muzeum Gdańska)
Długa 46, 80-831 Gdańsk
・ポーランド海洋博物館- 海洋文化センター(Ośrodek Kultury Morskiej / Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)
Tokarska 21/25, 80-888 Gdańsk
・ポーランド海洋博物館- クレーン博物館(Żuraw. Oddział Narodowego Muzeum Morskiego)
Szeroka 67/68, 22-100 Gdańsk
・ポーランド海洋博物館- 本館 穀物倉庫(National Maritime Museum in Gdansk. Headquarters Narodowe Muzeum Morskie w Gdańsku. Siedziba główna)
Ołowianka 9-13, 80-751 Gdańsk
○ グダニスク グダンスク 地図
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