知っておきたい ドラマ『ダウントン・アビー』のファッションの世界 / シカゴ ドライハウス・ミュージアム でドラマの背景を服飾の変化で読み解く

知っておきたい ドラマ『ダウントン・アビー』のファッションの世界 / シカゴ ドライハウス・ミュージアム でドラマの背景を服飾の変化で読み解く

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アメリカ シカゴを訪れた際に海外ドラマ『ダウントン・アビー』の衣装展を観た。
このドラマは第一次世界大戦をまたぎ、英国社会が大きく変化していく様を描いている。この時代のイギリスでは、政治体制、女性の進出や王制や貴族社会への疑問などが階級社会へ大きな影響を与えた、更にはアイルランドの独立運動や、次々と生じる技術革新による交通手段や通信手段の変化などによって、社会は様変わりし、すべての階層の暮しぶりも様変わりしてしまう。当然、ファッションもこの変化に大きな影響を受け、ドラマ『ダウントン・アビー』では衣装を通じて社会の変化を見て取ることができる。
アメリカ シカゴのドライハウス・ミュージアム(The Richard H. Driehaus Museum)では、この衣装展を「DRESSING DOWNTON Changing Fashion for Changing Times」というタイトルで開催し、ドラマで描かれたダイナミックな服飾の変化を社会の変化と合わせて鑑賞することができた。
また、ドライハウス・ミュージアムは、富豪の邸宅を改装したシカゴの名物博物館であり、これがまた貴族の衣装の展示と相性がぴったりの豪華なしつらえであった。
言ってみればドラマとほぼ同時代のシカゴの大邸宅で、英国貴族のお屋敷の話であるダウントン・アビーを再現するという企画で、そういった意味でも訪れる人を楽しませていた。

シカゴの名物博物館 ドライハウス・ミュージアム(The Richard H. Driehaus Museum)
ドラマ「ダウントン・アビー」とは
ドラマ「ダウントン・アビー」の衣装展『DRESSING DOWNTON Changing Fashion for Changing Times』
ドラマ「ダウントン・アビー」の驚くべき衣装の時代表現
大きかった ダウントン・アビー への第一次世界大戦の影響
印象的だった「ダウントン・アビー」登場人物たちの衣装

● シカゴの名物博物館 ドライハウス・ミュージアム(The Richard H. Driehaus Museum)

ドライハウス・ミュージアムはシカゴの名所マグニフィセントマイルと言われる大通りのすぐ近くにあり、金融で財をなしたサミュエル・ニッカーソンという人物の邸宅であった。シカゴ社交界の中心として機能し、シカゴ1番の豪華な邸宅と言われている。

高層ビルの谷間にある大邸宅 @Driehaus Museum

豪華なファザード前の石階段を昇り、受付に向かうと、展示を見やすいように入場制限中であり、30分ほど待たされた。しかしながら、展覧会のコンセプトビデオやパンフが充実しており、待っていても飽きることはない。受付のボランティアとおぼしきご婦人がとても親切で頼もしい。
ファッションの展覧会なので、私のような男性客しかもアジア人が珍しいらしく、とても親切にしてくださる。「そのコートはクロークに預けなさい」、「待合室は2階にあります」、「ビデオを見てれば直ぐだから会計までは15分待ってくださいね」、「会計した後は入場まで20分ほどかかるから我慢してください」と優しい声音で矢継ぎ早に指示をされた(笑)。

そして、順番になって中に入ると、メインホールは強烈な印象で、その豪華さに見とれてしまった。大理石をふんだんにつかった内装は見学者を圧倒し、「マーブルパレス」と呼ばれる所以もよくわかる。

メインホール @Driehaus Museum

邸宅では、ダイニングルームで豪華なディナーパーティーがよく行なわれたらしい。オーク材の木彫による壁面も見事だし、テーブル上のブドウをあしらったティファニー銀製のパンチボウルなど、当時のアメリカの贅沢の有り様を具現化している。

ダイニングルーム @Driehaus Museum

ニッカーソンは蒐集した美術品を市民にも開放し展示をした、そちらがギャラリーと言われる部屋。現在、ニッカーソンが集めたそれら美術品はシカゴ美術館に行ってしまったが、この部屋はニッカーソンの次の屋敷のオーナーがしつらえた豪華なステンドグラスドームを観ることができる。このステンドグラスは近年修復もされ随時 光が 入るようになった。天井を見上げると、いつでも美しく輝くガラスのドームを見ることができる。

ギャラリー(The Maher Gallery)天井のステンドグラスドーム @Driehaus Museum

その他の邸宅内の調度品も素晴らしい、特に照明器具は目を見張るものがあり、ティファニー製のスタンドはもとより、据付の照明機器各々にも細かな細工が施してあり、ひとつひとつ眺めてみたくなる。

ティファニー製のスタンド @Driehaus Museum
天井ランプ @Driehaus Museum
廊下ランプ @Driehaus Museum

● ドラマ「ダウントン・アビー」とは

ドライハウス・ミュージアムで衣装が展示されたドラマ「ダウントン・アビー」、このドラマの時代設定は1912年のタイタニック号沈没から始まる、そして昨年製作された最新作の映画版の時代設定は1927年であった。舞台はイギリス、ヨークシャー地方というロンドンとスコットランドの中間に位置する地方。そのヨークシャー地方のカントリー・ハウス(貴族の邸宅)が軸となり、その邸宅の名前が「ダウントン・アビー(Downton Abbey)」で、これがドラマのタイトルになっている。

映画 『ダウントン・アビー

登場人物はこの貴族の邸宅を所有する伯爵家のクローリー一族の面々、そして、それに対をなすように貴族の使用人たちの集団がいる。当時の貴族の邸宅運営は工場のような分業体制で労働集約型、貴族にはもちろん序列があり、使用人にも下僕やメイドなどには個々の役割や序列がある。そして、使用人たちには担当する各々の貴族など細かい仕事の領域が決まっており、円滑に一家の日常が進むように個々が毎日機能している。

そして、ダウントン・アビーの大邸宅の「上階」にはクローリー一族が生活をし、「階下」では使用人たちが日々のルーチンワークをこなす、言わば建物内で二重の構造となっているのだ。1階の床板1枚を境にして、大きく異なる社会と日常が拡がっているのが面白い。余談だが、ドラマでは「上階」の撮影はダウントン・アビーのロケ地となっているハイクレア城(ロンドンから西へ100kmほどに位置する)でおこなわれ、「階下」はスタジオセットで撮影されているそうだ。このため、階段をあがって上階にそのまま入っていくシーンはドラマに出てこない。

この二重社会の構造がドラマに深みを与える。時代設定が第一世界大戦前後かつ技術の進歩も激しい時期であり、生活や社会が大きく変化し、労働者階級や女性の権利が向上する。一方、貴族は財政面で苦境に陥り、破綻を余儀なくされることもある。使用人の中には古い制度に反発する者もいるし、古い慣習に憧憬を隠さない者もいる。これが「上階」の貴族と「階下」の使用人との葛藤につながり、ドラマに幾重もの微妙なひだを帯びさせる。こうした中で貴族の没落とともに、使用人の地位が向上する場合もあるし、逆に使用人が職を失い窮地に追い込まれるシーンも幾度か見られる。

そんなドラスティックな社会の変化にファッションも大きく変貌を遂げ続け、その衣装の変遷をもってドラマ「ダウントン・アビー」を読み解くのが、シカゴで見た衣装展のコンセプトである。

● ドラマ「ダウントン・アビー」の衣装展『DRESSING DOWNTON Changing Fashion for Changing Times』

大邸宅ドライハウス・ミュージアムで観たドラマ「ダウントン・アビー」の衣装展は『DRESSING DOWNTON Changing Fashion for Changing Times』というタイトルがつけられている。第一次世界大戦などの影響で大きな社会変化が生じ、ダイナミックに服飾も変化する様を、ドラマの衣装を通じて知ることができる好企画の展覧会である。展覧会の趣旨解説にはこうある。

この展覧会ではタイタニック号が沈んだ1912年からジャズ時代の夜明けの1920年初頭にかけてのイギリスのファッションを探求します。この期間は、特に第一次世界大戦(1914-1918)の影響が顕著であり、人々の生活と服装に大きな変化が見られました。

「私のような女性には人生がありません。私たちは服を選び、電話をかけ、慈善のために働き、社交イベントをこなします。しかし、実際に私たちは結婚するまで待合室で待たされ続けます。」 長女メアリーの言葉

この時代の貴族であるクローリー家の女性は、多くの時間をワードローブに費やしていました。ドラマで使われている衣装は古い写真、絵画、パターン、雑誌の写真からインスピレーションを受けています。いくつかの衣装はほぼオリジナルですし、高度な熟練したドレスメーカーによってビンテージの生地から作られているものもあります。

この展覧会では、当時の衣装を歴史的な文脈で提示することにより、英国のスタイルの進歩を展示しています。先代伯爵夫人のバイオレットの腰当てとコルセット姿から自由なフランス風のファッションである三女のシビルまで、男性も正装の白いネクタイから黒いネクタイの略式ディナージャケットまで、と。

この展示には、あらゆるアクティビティと状況に合わせた衣装があります。

● ドラマ「ダウントン・アビー」の驚くべき衣装での時代表現

この企画展の展示内容については、たかがテレビドラマの題材だろうと高をくくっていたところ、見事に裏切られた。解説は精緻そのもので、展示されている衣装の着数も多く、これらには一点一点細かなキャプションがつけられている。

三女シビルのベルベットのマタニティドレスは、フレンチボヘミアンスタイルの影響を受けていて、戦争の余波と女性の活躍が顕著になってきた時代背景があるので、使用生地は経済的なものになっているとか、ローズは先進的でおてんばだから、たぶんドレスの下にコルセットをしていない。バイオレット先代伯爵夫人は親戚がタイタニックで亡くなった報が入ったので、紫色の服を着ており、黒と同様に紫も喪服として容認されている。マーサ・レヴィンソン(伯爵夫人コーラのアメリカ人の母)は最先端のアメリカファッションなので娘のコーラよりもモダンな服装である等々。実に細やかに状況設定によって衣装が決められていることがキャプションを読むとわかる。

展示品は見栄えがする長女のメアリー、母のコーラなどのドレスが多いが、こちらはドラマ同様惚れ惚れする出来映えのものが多く、テレビ画面では判別不能なほどの細やかな刺繍など細部までつくりこまれていることがわかる。

これらの衣類の素材は、貴族はシルクやベルベットの素材、使用人はウールとコットンであった。ただ、家政婦長のヒューズのように使用人でも立場が最上位の者はその威厳を維持する為にシルクを使っていたとのこと。
展示を通じて、ドラマの時代背景を考慮した細やかな仕事ぶりには圧倒された。

● 大きかった ダウントン・アビー への第一次世界大戦の影響

ドラマを見ていてもわかるが、第一次世界大戦はイギリスに大惨事と大変革をもたらした。そして、家族の構成に大きな影響を与えるスペイン風邪の流行なども同時期に生じている。展示のキャプションにもこうある。

男性が戦争に行くために家を出ると、すべての家族が影響を受けました。マシュー・クローリーは、戦争で最も破滅的な戦の1つである1916年のソンムの戦いに巻き込まれました。初日だけで19,240人のイギリス兵が死亡し、さらに38,000人が負傷しました。そして、戦争直後にイギリスをスペイン風邪が席巻し、 1918年から1920年の間に5万人が命を落としました。
1915年以前、クローリーの姉妹のような英国の上流階級の女性が着ていたファッショナブルな服に対して、第一次世界大戦はほとんど影響を与えませんでした。それは、当初、戦争は数か月後に勝利の形で終わるという大きな幻想があったからです。

やがて戦争の厳しい現実がイギリス国民の知るところとなり、女性にも影響がでてくると、ファッションは突然変わりました。 ファッショナブルな女性は普通、ホブルスカートと言われるタイトなスカートを着用していましたが、それを身に着けていると歩くのに無理が生じます。
戦時では銃後の守りのため、動きやすい服が必要となり、スカートはより大きく、チュニックはより長く、よりゆるくなりました。1917年までに、スカートはさらに膨らみ、足首よりも数インチ高くなりました。 服はぶかっこうでありながら、以前着ていたものよりもずっとフィットしやすくなりました。

また、第一次世界大戦は社会変化を促進しました。戦時中の状況は形式主義を終わらせるのに大いに役立ちました。服がよりシンプルになり、配給制度は豪華なパーティに終止符を打ちました。
どんなに大きな家でも、ダウントンと同様に戦時協力のために拠出されました。 ダウントンでは、シビルは貴族のしきたりに背を向けて救急看護奉仕隊に加わり、兵士の看護をしました。
英国の女性は、戦争によってもたらされた社会的変化の影響を特に受けました。男性が出征すると、女性は列車の運転、工場での作業、農場での労働など、男性がやっていた仕事をすることになりました。1918年、30歳以上の女性が参政権を与えられたのは、女性の戦争協力が認められたものと考えられました。

そして、第一次世界大戦が終わっても変化はまだまだ続き、グランサム伯爵夫妻の世代と娘たちの世代に大きな感性のギャップが生まれ始める。親たちの世代は戦争が終われば、戦前の価値観に戻ると思っていたが、そうはならなかった。
身分制の維持も難しくなり、女性の立場も徐々に強くなり、 アメリカから更に新しい文化が流入し、自動車が一般的になり自由かつ無秩序な往来が生じ、電話による情報伝達速度が向上し、生活が様変わりしていくことがドラマからも見てとれる。

長年貴族の生活をしていたバイオレット先代伯爵夫人が「週末って何?」という発言からそういった大きな変化への戸惑いが垣間見られるのもこの時だ。そして、服装面では裾の高さが上がり、自由度はより増し、化粧や女性の喫煙も普通になってくる。

ドラマを見ているとシーズン2の第一次世界大戦をはさんで服装が大きく変わってくるのが興味深い。

戦時中のファッション(シーズン2、1916〜1918年)

写真左から
○マシュー・クローリー、ウールの英国軍大尉の制服
ソンムの戦いで負傷しダウントンに戻った時に着用された。士官である彼の制服はテーラーメイドだが、トーマスのような一般の兵士には大量生産の服が必要となった。この製法は戦後も既製の民間服を安価で大量生産するために引き続き使用されるようになった。これが普通の人々の服装に与えた影響は非常に大きかった。

○メアリー・クローリー、クレープ織りのスカートとサテンのブラウス
ダウントンが負傷将校の療養所となり、傷病兵のためのコンサートを開いた際に着用された。素材は良いものだが、戦時を反映しデザイン色彩ともに地味なものとなっている。

○シビル・クローリー 綿の看護婦の制服
戦時中なのでシルエットは幅が狭く、スカートの丈は短い。スカートの丈が短いのは、布地が不足していただけではなく、床の泥や血による汚れ避けるためでもあった。

● 印象的だった「ダウントン・アビー」登場人物たちの衣装

○メアリー・クローリーのイブニングドレス(シーズン1、1913年)

メアリー・クローリーのイブニングドレス(シーズン1、1913年)

マシューがダウントンに到着したときに夕食時に着用された。ビクトリア朝時代に人気のあった漆黒の宝石ジェットの長いネックレスを合わせている。
このドレスのスタイルは、戦前の豪華さとオリエンタリズムへの憧れを反映しており、1911年にディアギレフ主宰のバレエ・リュスが「シェヘラザード」を上演したことに触発されているとのこと。ビーズの縁飾りの裾がエキゾチックらしい。
1912年までのドレスはハイウエストで細身でありながらもゆったりして、丈も短くなっていったようで、シーズン1の時代でも前時代的なバイオレット先代伯爵夫人とのファッションの差は歴然としている。しかし、コルセットがなくなったかのように見えるが、多くはまだ使用されていたようだし、戦後(シーズン3)くらいまではハイウエストが基調となっている。尚、コルセットのないハイウエストのドレスをデザインしたのはフランス人デザイナーのポール・ポワレで、彼はコルセットから女性を解放することに成功した。このことは医師やフェミニストでも達成できなかった偉業である。

○メアリー・クローリー シルクのイブニングドレス(シーズン2、1917-1920年)

メアリー・クローリー シルクのイブニングドレス(シーズン2、1917-1920年)

婚約者のリチャードがダウントンに初めて訪れた時の夕食で着用された。以前のスタイルと異なり明確なウエストラインがなく、ゆったりとしており、着用するとスリムな体型を強調するようになっている。ストレートなシルエットと幾何学的なダイヤモンドパターンは当時流行したばかりのアールデコスタイルの兆しを感じさせる。

○バイオレット・クローリーのイブニングドレス (シーズン3、1920年)

バイオレット・クローリーのイブニングドレス (シーズン3、1920年)

センターパネルは日本の影響がある。このシルエットはバイオレットならではのもので、エドワード朝時代のドレスの特徴である高いネックラインとコルセットが欠かせないことを表現しているらしい。しかし、この時代になるとS字コルセットの輪郭がなくなって、より自然に見えるウエストラインとなっているとのこと。

ちなみに、これにさかのぼることシーズン1でのバイオレットは、タイタニック号に乗って亡くなった親戚に半喪に服しているので紫色のツーピースのデイドレスを着ている。当時の喪に服する期間は長く、女性は男性以上に長く喪服を着なくてはならなかったらしい。そして、その間は黒のジェットの宝石しか身につけられない。シーズンが進むにつれて、喪が明けて徐々にバイオレットの服装が明るい色合いになってくるのも、長く続くこのドラマの見物である。
ただ、バイオレットは一貫してエドワード朝時代の服装にこだわっていて、ネックラインは高く、ウエストは細く、裾の長い服をずっと着ている。この バイオレットのファションは、中流階級の服装であるイザベル・クローリーとのお茶のシーン、アメリカ人で当時流行の最先端であったマーサ・レビンソン(コーラの母)との向き合って座るシーンで、ファッションの違いや時代のセンスの違いが際立つ仕組みになっている。

○コーラ・クローリーのフローラル刺繍ボーダー付きのコートとフローラルセルフパターンのドレス(シーズン3、1920年)

コーラ・クローリーのフローラル刺繍ボーダー付きのコートとフローラルセルフパターンのドレス(シーズン3、1920年)

イーディスの結婚式で着用された。このコートは1920年代のテーブルクロスから作られたようだ。縁取りの柄はこのスタイルの衣服に最適と説明にある。このドラマの衣装は相当苦労があったようで、年代物のコスチュームをリサイクルしたり、他の映画から借用したり、予算に頭を悩ませたり、とにかく衣装の製作には苦労が絶えなかったようだ。

○コーラ・クローリー、シルクのイブニングドレス(シーズン3、1920年)

コーラ・クローリー、シルクのイブニングドレス(シーズン3、1920年)

スコットランドでの夕食時を含め、数回着用した。裾を拡げるパニエは第一次世界大戦終了直後に流行した。

○シビル・クローリーのベルベットのマタニティドレス(シーズン3、1920年)

シビル・クローリーのベルベットのマタニティドレス(シーズン3、1920年)

シビルとブランソンがダウントンに戻った際の夕食時に着ていたもの。袖や裾に金の刺繍が付いており、これらの刺繍はフランスのボヘミアンスタイルの影響を受けている。戦争の影響で1920年代初頭まで布地を節約しなくてはならず、女性のよりアクティブなライフスタイル指向と相まって、若い女性が冒険的な服装をすることを後押しした。 短い裾も認められるようになり、女性たちは自由を謳歌し始めたのもこの頃。

○マーサ・レビンソンのシルクを織り込んだコート(シーズン3、1920年)

マーサ・レビンソンのシルクを織り込んだコート(シーズン3、1920年)

マーサがダウントンに到着した時に着ていたもの。コートにはキツネの毛皮が襟と袖口にあしらわれ、ベルベットのハンドバックを手にしている。大胆な金と黒の花柄、華やかな毛皮の襟と袖口は、如何にもアメリカスタイルということを示している。そして、マーサの華やかな性格と娘であるコーラの控えめな性格は、各々のファッションにこうして反映されている。実際、母であるマーサは娘よりも現代的な装いを常にしている。

○ローズ・マクレアのシルクのイブニングドレス(シーズン4、1922-1923年)

ローズ・マクレアのシルクのイブニングドレス(シーズン4、1922-1923年)

ロンドンなどの夕食会で着用された。1920年代までに、スタイリッシュなイブニングドレスはデイドレスと同じ長さになって、そのスタイルはストレートでバストはゆったりしている。若い女性がブラジャーの快適さに気がついた時代であり、ローズはおそらくこのドレスの下にコルセットを着用していなかった。ローズ自身は認めていないが、彼女はフラッパー(1920年代のモダンガール)の指向しているのは明か。
第一次世界大戦中は金属が不足し、コルセット廃止が求められており、こんな背景もあってコルセットはなくなり、大量生産が可能となったブラジャーが普及したようだ。

○トーマス・バロー、ウィリアム、ジミー、アルフレッドの下僕の制服(シーズン1〜4、1912-1923年)

衿はウールとコットンの生地で作られており、 ダウントンの下僕は白いネクタイと2種類のストライプのベストを身に着け、ボタンに家族の紋章が付いていた。階下で作業する時は、エプロンをつけ、袖にはプロテクター巻いて制服を覆っていた。
通常下僕は前任の着古しの服を着させられたが、運が良ければ仕立ててもらうこともあった。下僕は自分で自分の服を清潔に保ち、手入れする責任があった。また、若さ、身長、見栄えを重視して雇われた下僕は使用人たちの間で「孔雀」と呼ばれていた。

○エルシー・ヒューズ-家政婦長-のレースのトリムが付いた黒いシルクとウールの仕事着(シーズン1、1912-1914)

家政婦長は女性使用人のトップとしてふさわしいシルクを使った服を着て、 腰には家の鍵を下げている。但し、いつも地味で無地に近い服装をしていた。家政婦長は結婚しているかに関わらず、尊敬の証として常に「Mrs」と呼ばれていた。

左:トーマス・バローらの下僕の制服(シーズン1〜4、1912-1923年)
右:エルシー・ヒューズ-家政婦長-の黒いシルクとウールの仕事着(シーズン1、1912-1914)

○アンナ・スミス、エセル、グウェンなどのメイドユニフォーム(シーズンズ1-2、1912-1919年)

アンナ・スミス、エセル、グウェンなどのメイドユニフォーム(シーズンズ1-2、1912-1919年)

袖と襟に白いレースが付いた黒い綿のドレスと白い綿のエプロン。メイドは朝の清掃業務の際は普通のエプロンにプリント柄の服を着ていた。 朝の作業の後は装飾的なエプロンの付いた黒いドレスに変わった。
当時の上流階級の女性は夕食までの時間帯に「ティーガウン」と呼ばれるコルセットなしのルーズフィットなガウンを着用する習慣があった。その為、侍女とメイドを兼ねていたアンナは朝も夜もクローリー家の女性の着付けをする仕事があった。また、主人の服の手入れから始まり、髪を整え、宝石を選ぶことも手伝うのもメイドの仕事であった。

ドライハウス ミュージアム外観 @Driehaus Museum

アメリカ / シカゴ

<詳細情報>
・ドライハウス ミュージアム
(The Richard H. Driehaus Museum)
40 E Erie St, Chicago, IL 60611

・ドラマ『ダウントン・アビー