映画『ベルリン天使の詩』を通して見る、ポツダム広場の変貌

映画『ベルリン天使の詩』を通して見る、ポツダム広場の変貌

ベルリンの壁崩壊から30年あまりが経過。ポツダム広場(Potsdamer Platz)は著しく変わった。壁崩壊前のベルリンの様子を描いた映画『ベルリン天使の詩(Der Himmel über Berlin)』をトリガーに、ポツダム広場の変化を描く。
様変わりしたベルリンのポツダム広場
崩壊前のベルリンを描いた『ベルリン天使の詩』を読み解く
相反する要素が交差する場所、それが壁崩壊前のベルリンだった
ポツダム広場の楽しみ方

(以前、日経ビジネスオンラインに連載した記事を加筆再編集して掲載しております)

● 様変わりしたベルリンのポツダム広場

ベルリンの地下鉄の階段を登り、ポツダム広場に出た瞬間、あまりにモダンな建物群と目の前に迫ってくる広場の巨大さに目を疑った。ガラスをふんだんに使ったビル群と、大規模ショッピングセンターに囲まれ、眩(まばゆ)いばかりの一大広場である。

ベルリンのミッテ区にあるポツダム広場は、かつてはベルリンの壁により分断され、荒野となっていた。しかし1989年11月9日に壁が崩壊してからの変貌(へんぼう)ぶりは著しい。特に、かつて共産圏であった東ベルリン側のほうが活況を呈している。地味だった旧東ベルリンの町並みがモダンに生まれ変わった姿に、ただただ驚かされるばかりである。

旧西ベルリン市街のすっかり落ち着いた雰囲気に慣れきっていたせいだろうか。それとも、薄暗い地下鉄駅から抜け出たからなのか。いずれにせよ、壁崩壊前のポツダム広場を知る者としては、その対比にいっそう驚かされた。

ガラスをふんだんに使ったモダンなビル群に囲まれる現在のポツダム広場 @Potsdamer Platz , Berlin
ガラスをふんだんに使ったモダンなビル群に囲まれる現在のポツダム広場 @Potsdamer Platz , Berlin

ベルリンの壁が崩壊してから30年以上が経っている。初めてベルリンを訪れたのは1989年の初頭であるが、その時はまさか数カ月後にベルリンの壁が撤去されるとは思いもよらなかった。

ポツダム広場は戦後、米国、英国、ソビエト連邦それぞれの占領地区の交差点となった場所だ。占領が解かれてドイツが独立した後、ベルリンは東西に分断された。その境界上には(主に東ドイツ国民の)亡命防止のために壁が築かれ、壁の近辺は荒れ地となっていった。ポツダム広場はその壁の線上に位置したため、広場がそのまま荒野となってしまったのだ。

1990年に東西ドイツが統一し、壁は取り払われた。壁の跡地近辺では再開発が急ピッチで進んだ。今日、我々が目にしているのは、生まれ変わったポツダム広場である。

東西分断時のベルリン 1989年撮影 @Brandenburger Tor
東西分断時のベルリン 1989年撮影 @Brandenburger Tor

● 崩壊前のベルリンを描いた『ベルリン天使の詩』を読み解く

映画『ベルリン天使の詩』(1988年公開)のパンフレット

壁崩壊前のベルリンの様子を描いた映画に、ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン天使の詩』(1988年公開)がある。この映画には、戦後の東西分断によって荒野と化したポツダム広場が舞台となるシーンがある。

かつてこの広場は、栄華を極めたベルリンの中心地として賑わっていた。当時の広場を知る老人が、華やかなりし頃の広場の思い出を語りながら散策するのだ。遠目には金色のフィルハーモニーの建物(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地)が見え、荒野がかつてベルリンの中心地であったことがさりげなく描かれている。

『ベルリン天使の詩』のワンシーン  @Potsdamer Platz , Berlin
『ベルリン天使の詩』のワンシーン @Potsdamer Platz , Berlin

当時ベルリンを訪れた理由は、この風景を目にしたかったからだ。そして実際に同じ地に立ってみると、映画で受けた印象と変わらない光景が広がっていた。夜、フィルハーモニーのホールでベルリン・フィルの演奏を聴いた後、ホールの近辺は寂しい印象で、そのすさんだ感じが冬の寒さもあいまって心に残っている。

1989年当時のフィルハーモニー @Berliner Philharmonie
1989年当時のフィルハーモニー @Berliner Philharmonie

● 相反する要素が交差する場所、それが壁崩壊前のベルリンだった

30年あまりが経った今でも、映画を見返してみると不思議な感覚がわき起こってくる。前半はベルリンの荒廃と再開発、主人公である天使の冷めた目線、モノクロの画面が空虚な空気をつくりだす。しかし、ヒロインの登場に伴って、画面はカラーになり、俳優ピーター・フォーク(本人役で登場)が手を擦り合わせる姿とシンクロして、ほんのり暖かみが増してくる。

映画に登場する天使の無重力感は、彼らの永遠性とあいまってもの寂しい。だからこそ、サーカスでブランコ乗りをするヒロインの軽やかとは言えない重力感と見事な対比をなしている。鑑賞者の心の中では、この相反する感覚が交差する。

相反する要素が交差する場所、それが、まさしく壁崩壊前のベルリンだったのかもしれない。かつて栄華を極めたベルリンは東西分断により首都の座すら奪われ(当時の西ドイツの首都はボン)、どこか冷めた空虚感が漂っていた。一方で東ベルリンとの政治的な競争もあってか、文化的な活況度は高く、かすかな熱気を感じる都市でもあった。

映画の重要なシーンで、壮麗なる建物で有名なホテル・エスプラナーデ(Hotel Esplanade)が2度ほど登場する。このホテルは今でもポツダム広場に存在するが、あくまでも史跡として保存された姿としてである。同じポツダム広場に建つ巨大モールDas Center am Potsdamer Platz(旧ソニープラザ)の一部としてガラスに納まったホテルの姿は、どことなくわびしい感じだ。どんなに広場の再開発が進み再び華やかになっても、各界の著名人を魅了し続けたホテル・エスプラナーデが100年前の隆盛を取り戻すことはもうない。

ガラスに囲われ史跡として保護されているホテル・エスプラナーデ @Potsdamer Platz , Berlin
ガラスに囲われ史跡として保護されているホテル・エスプラナーデ @Potsdamer Platz , Berlin

のちにヴェンダース監督はこう語っている。「今、1986年の私の映画『ベルリン天使の詩』を見ると、この街にはもはや当時の面影が全く残っていないことに驚く。全くなにも残っていないのだ。映画の中のほとんどすべての撮影場所は消えてなくなった。この街が当時放っていた感覚は、もはや記憶の中にしかない」

● ポツダム広場の楽しみ方

ベルリン・フィルの本拠地フィルハーモニーは、壁のなくなった今でこそベルリンのど真ん中に位置するが、東西ベルリンが分断されていた当時は、まさしく壁のきわ、東ベルリンに隣接する場所に位置していた。辺鄙(へんぴ)な場所だったことでいろいろと苦労した記憶がある。

なかでもチケット購入にはかなり難儀した。四半世紀前はインターネットなどなかったので、まずはホールに行き、公演日程と当日券の発売時間を確認する。次に当日券入手のためにチケット売り場に並び、チケットを入手したらどこかで時間をつぶし、さらに数時間後の公演時に再びホールに舞い戻るといった案配であった。

しかし、ベルリンの中心地となった今回は余裕である。ホールの受付で当日券を購入する人たちが並び始めそうな時間を確認したら、近くにあるベルリン美術館でゆっくり絵画を眺めながら時間調整をする。そして時間を見計らって列に並び、チケットの発売開始を待つ。日本と異なり、人気チケットでも並べば大概の場合は購入できる。

チケット購入後、開演までどうやって時間をつぶそうかと頭を悩ませる必要はもうない。ポツダム広場の目玉であるポツダムセンターのオープンカフェに寄って、軽くビールを楽しんでみよう。

ポツダムセンター(旧ソニーセンター)のガラスの傘とカフェ @Potsdamer Platz , Berlin
ソニーセンターのガラスの傘とカフェ @Potsdamer Platz , Berlin

ソニーセンターの壮麗かつ巨大なガラス屋根の傘の下、雑踏を眺めながら今宵のコンサートへの期待に胸を膨らませつつ、ベルリナー・ヴァイス(ビアカクテル)を飲むひとときは格別だ。ベルリナー・ヴァイスとは、元は古くからある白ビールを指していたようだ。しかし、今では酸味の強いヴァイスビア(白ビール)にシロップを混ぜたビアカクテルをベルリナー・ヴァイスと言うようになった。赤いラズベリーシロップを入れるのが一般的らしいが、カフェではアップルジュースやバナナジュース、コーラで割ったものまでメニューに並んでいる。

アルコール度数も低く爽やかなこの飲み物を、コンサート前にぜひとも堪能したい。美術館を歩き回った後の小休止だけでなく、ベルリン・フィルの名演奏に触れて火照った心を冷ますのにもうってつけだ。そして、ほんのり甘く、果物が香るこのビールをポツダム広場で飲みながら、ベルリンという比類なき都市の記憶の変遷を感じるのも一興である。

ベルリナー・ヴァイスとともにコンサートの時間までまったり過ごす  @Potsdamer Platz , Berlin
ベルリナー・ヴァイスとともにコンサートの時間までまったり過ごす @Potsdamer Platz , Berlin

ポツダムセンターには映画博物館や映画館もあり、カフェのみならずレストランもたくさんある。ベルリン・フィルのコンサートがはねた後に食事で活用するのもよい。帰り道、涼しげな夜空を見上げると、ビル群が目に入る。威圧的に感じた日中とは全く別の表情を見せてくれる。

夜のポツダム広場 @Potsdamer Platz , Berlin
夜のポツダム広場 @Potsdamer Platz , Berlin

ドイツ / ベルリン

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