市場の音、ざわつきもご馳走である。活気あるファーマーズマーケットや魚市場では食材の新鮮さが伝わってくるし、冬の凍てつく空気にあっても、市場のアチコチからかかる話し声に安心感と暖かみを感じたりもする。
ガイドブックに載っていないような小さな町の小ぶりな市場も魅力的である。ファーマーズマーケットそのもので、近隣の農家が持ち寄った品々には、お土産用途の物などはもちろん入っておらず、日用品の占める割合が高い。まさしくその国の様子やご当地の暮らしぶりが手に取るようにわかる。
食材なども高級品ではなく、日常的に食べられているものが、種類多く並べられているのも、地方の市場の魅力となる。ここでは旬のものや好まれているものが一目瞭然であるのが楽しい。
● 田舎町の市場と観光地化された市場
● 市場の魅力を記した本
● パリのマルシェで大活躍した魔法の言葉
● 各国のファーマーズマーケットの魅力
● 田舎町の市場と観光地化された市場
ルーマニア トランシルバニアの奥地マラムレッシュの市場では、片手に包丁を持ち、自在に大量のキャベツ刻んでいた。機械を使わず片手包丁での千切りを次々とこなしていく。こんな市場の景色がとっても新鮮だ。
ポーランドでは燻製にしたプルーンを味わうことができた。同じ形状の干しプルーンがいくつも並んでいる。プルーンの種類が異なるのかと思ったら、燻製にして香りをつけたものであった。こんなのも会話をしたり試食させてもらわなければわからない。これも市場の楽しみのひとつだ。
一方、ロンドンのバラマーケットなど、有名なマーケットは華やかで観光地としても認知されているが、これはこれで別の楽しみもある。観光客向けに多少お国柄を強調されて並ぶ「地の品々」は見ていて楽しいし、なによりもこういった市場では、買い食いできるショップが増えるのが嬉しい。ご当地のものを、気軽につまみ食いしながら新鮮な食材を眺めてまわるのだ。当然、地元客もいるので、彼等がなにを買うのか見て、地元っ子の人気ショップや商品を見つけるのも楽しみだったりもする。
ちなみにバラマーケットは、その昔には本物の野菜などが売られる市場だったらしい。現在は観光客向けの屋台も多く、どの店のディスプレーも美しい。また、ロンドンの街中ではあまり見かけない魚専門店があった。高級スーパー以外では真空パック化された魚が少量おいてあるくらいなので、ロンドンの街中にある鮮魚店としては貴重かもしれない。
こういった観光要素のある市場では通常の市場よりも店員さんたちの売り込みの声がさかんで、積極的に話しかけて来てくれるのも特長だ。丁寧な商品説明が受けられちょっと得した気分にもなる。
● 市場の魅力を記した本
・カタルーニア讃歌 堀田善衛 著
小説家・堀田善衛さんがエッセイでスペインの市場について、「料理にはどこか野蛮な味が残っていなければならないであろう」と綴(つづ)っていた。そして、「遺憾ながら私の筆は酒食の叙述に向かない」などと書きながらも、素敵なスペイン魚市場の記述が咲き乱れていた。
野蛮な味の文章はこう続く。
“丸形の座布団ほどもある大きなパンを切り、これを火であぶり、オリーブ油を塗ってトマトを擦りつけ、ニンニクの汁をたらした、パン・アンブ・トマテなる野趣にみちたものがいい。”
田沼武能さんの写真とともにこんな描写が満載の堀田さんによる『カタルーニア讃歌』(新潮社)は、とてもお勧めの随筆集である。
かように旅先での市場巡りは、楽しく、どの国でも舌も胃袋も満たされる。
・一生に一度だけの旅DISCOVER 世界の市場めぐり(ナショナル ジオグラフィック)
ナショナル ジオグラフィック(ナショジオ)による旅のガイドブックシリーズ「一生に一度だけの旅」は旅好き、ご飯好きの人に大推薦のシリーズ。この中の「世界の市場めぐり」は欧州やアジアだけでなくアフリカや南米の市場まで紹介されている。異国の未知なる市場、ポルトガルの魚市場、タイの水上市場など眺めているだけで楽しい。そして、ナショジオのもう一冊、「世界の食を愉しむ BEST500」も湯気煙る上海蟹、エルサレムの屋台の揚げ物など美しい写真満載でお薦めである。これらはガイド本と言うよりも写真集を兼ねて楽しむことができる。
・世界の市場 松岡絵里/吉田友和著
こちらは膨大な市場が網羅的に1000も掲載されていて場所調べなど事前調査にはうってつけの書籍。世界中の市場を辞書的に調べられる市場の聖書である。本を開いてみれば、よくぞこれだけ各地の市場を訪問したと驚嘆すること請け合いである。
● パリのマルシェで大活躍した魔法の言葉
フランスと言えば、マルシェ(市場)である。特にパリのバスティーユのマルシェ(Marché Bastille)は市場の多いパリでも最大と言われ、地下鉄駅2つをつなぐほどの長さがある。八百屋、肉屋、魚屋はもちろんチーズや蜂蜜、それに衣類や雑貨店も数多ある。ここにいけば日用品もお土産もほとんど揃ってしまう魅力的な市場だ。
そのマルシェで大活躍した魔法のコトバが、「Est-ce que je peux?(エスク・ジュ・プ?)」。日本語で「できますか?」、英語だと「 Can I ? 」の意味。身振り手振りで、いろいろなポーズと組み合わせれば、どんなシチュエーションでも使える言葉である。仏語に堪能な友人に教えてもらったのだが、シャッターを押すポーズと合わせれば「写真を撮ってよいですか?」の意、カフェで椅子を指せば「ここに座ってよい?」と伝わる。便利この上ない。
許可をもらったり、感謝を伝えたりするのは、だんぜん相手の国の言葉を使ったほうがよい。こちらの気持ちをよりよく汲んでくれるからだ。日本にいても外国の方にたどたどしい日本語で何かを請われたら、気軽に応じてしまう人は少なくないと思う。
外国人である私の「エスク・ジュ・プ?」に、大抵のフランス人は「ウィ、ムッシュ」とニコリとして返答してくれた。仏語など一切話せない私にとって、この言葉は大活躍。教えてくれた友人の思わく通りとなった。
そして、この魔法の言葉が最大限に効果を発揮したのが、写真のバスティーユの朝市に出店していた魚屋さん。観光客が普通の魚屋に興味を示すことが面白かったのか、それとも単純にうれしかったのか、はたまたサービス精神なのかはわからないが、陽気で声の大きな大将がたくさんのポーズをとってくれ、まわりのお店を巻き込んでの大騒ぎ。買った魚も少しおまけしてくれた様子だった。
● 各国のファーマーズマーケットの魅力
お百姓さんが、自分たちで作った農作物を持ち寄ってひらくファーマーズマーケットも楽しい。どの市場でも新鮮なだけに野菜や果物がピカピカ輝いている。
・フランス パリ バスティーユのマルシェ(Marché Bastille)
魔法の言葉で取り上げた バスティーユのマルシェのお店は魚屋だったが、今回は八百屋のお兄さんとのやりとり。旬のアスパラに人が集まっており、皆さん買い求めている。アスパラは旅の都度、市場で目にして、その販売分量の多さから買い控えていたが、今回はあまりに美味しそうでエイっと買うことにした。すると1束だと3ユーロだけど、2束なら5ユーロなんだから、2つもってけ、と。この後はバスティーユ オペラで観劇だったが野菜の大荷物を抱えて劇場に入った。
この時アスパラの調理法を尋ねて「茹でればよいの?」と尋ねると「ノンノン!フライパンで焼くんだ」と当然そうにおっしゃる。夕食時に食べてみると、ほんの少し火を通しただけで、甘くてシャキシャキの旬のアスパラが楽しめた。茹でたほうも風味が残って、美味しいのだが、甘味は減ってしまう。尋ねてみるものだと感じた。
・フランス パリ マルシェ・デ・ザンファン・ルージュ / アンファン・ルージュ市場(Marché des Enfants Rouges)
400年の歴史を持つパリ最古の市場、借りたアパートから近かったので日々立ち寄った。八百屋など食材豊富なのだが、半分くらいをイートインが占めており、ランチ時は食事で混雑する市場。そのため、惣菜なんかも多くて重宝する。また、この市場の近くにはスーパーマーケットやパン屋など小売店も多いので、買物に困ることはない。
・イギリス コッツウォルズ シップストン=オン=ストア(Shipston-on-Stour)
コッツウォルズの小さな村シップストン=オン=ストアで、たまたまファーマーズマーケットに出会った。この時はオートバイでツーリング中だったが、遠目に市場がたっているのを見つけ、オートバイを降りてのぞきに行った。はやる気持ちがありオートバイを変なところに駐めてしまい、地元の老婦人にお叱りを受けたことを思い出す。どの屋台もまだ準備中だったが、すでに活気があって土地土地の新鮮な特産物が並び始めていた。こういう出会いや通りすがりの小さな村の市場も楽しい。
コッツウォルズのツーリングについては、以下のブログ記事の「麗しのコッツウォルズの村をオートバイで巡る」をご参照ください。
・スコットランド エジンバラ ストックブリッジマーケット(Stockbridge Market)
エジンバラ中心地から少し離れた、こぢんまりとした屋台が集った市場で毎日曜日に開かれる。地元志向の小さな市場だが、食べ歩きにも最適。スコットランドにいながらスペインのリゾット、カルドソを食べた。カルドソは雑炊に似た料理で、カタルーニャやバスクの郷土料理である。「マリオブラザース」のマリオのようなバスク帽を被ったおじさんが懸命に作ったそれは極めて美味。多様性ある欧州の市場では各国の食材や食事が楽しめる。スペインのご飯ものはパエリアだけでないことを初めて知った。
・ドイツ ベルリン ヴィッテンベルク広場(Wochenmarkt am Wittenbergplatz)
ヴィッテンベルクプラッツには週に3回も各店が新鮮な食材を持ち寄った市がたつ。こちらは逗留した宿が付近だったのと、百貨店 KaDeWeにも近く、市の立つ広場に面してスーパーやカフェが建ち並んでいたので、何度も立ち寄った。宿のそばにこういう市場があるのは至極便利だ。肉、チーズなどに加えて、旬のものが並び、手工芸品やイートインのお店もある。市場というのは不思議なもので、活気に満ちているせいか、普段は大人しいドイツ人も饒舌で、カメラを手にしているだけで「俺を撮れ」と市場の方に声をかけられた。
・チェコ プラハ ナープラフカ Farmářské Tržiště Náplavka
ヴルタヴァ川岸でおこなわれているファーマーズマーケット、土曜日のみ開催で比較的大規模な市場である。ここでは、美味しそうな燻製肉屋を見つけた。よい香りのしそうな骨付き燻製肉があり、調理方法を尋ねると「スープに入れるんだ」と。実に美味しそうなので、これと大きなサラミを購入。各種サラミの説明もしっかりしてくれ、親切かつ陽気な店員たちである。これだから市場の買い物は楽しい。
その後はたくさんある露店の中でいくつか選んで買い食い。まずはザワークラウトとジャガイモ、ベーコンに、すいとんのようなものが入った炒め物。酸味が苦手でなければザワークラウトを炒める、煮るというのは美味しくて、食べやすくなると実感。次は自家製ディルのペーストをトースト塗ったもの、これも農家の方々ならではの工夫で、良い香りのするペースト。こちらは値段も安価なので行列ができていた。
・チェコ プラハ イジャーク(Farmářské tržiště Jiřák)
プラハで新たなファーマーズマーケットに行ってみようと思い、イジーホ・ス・ポジェブラト(Jiřího z Poděbrad)駅降りてすぐのイジャーク市場に行った。市場の規模は小さいながらも必要十分な店が揃っている。そのため近辺の人が買いに来ているようで日常使いできる市場だ。手作りの品が多くかなり良質なマーケットである。
・チェコ プルゼニ 共和国広場 ファーマーズマーケット(Náměstí Republiky, Plzeň)
プルゼニの教会の前の広場は市場になっている。横に立つ13世紀後半に建てられた聖バルトロメイ大聖堂の塔から見下ろすと市場が一望できた。ピルスナーウルケル醸造所も近く、新鮮なビールは市場のそこかしこで買えるし、ビールの共になる食事類もたくさんある。Staročeské bramboráky と言うポテトのパンケーキをいただいた。篭屋さんは地元の方々からご贔屓の様子で盛況、約1000円程度だから普段使いによさそうである。
プルゼニについては、以下のブログ記事の「プルゼニの散策」「美味しいプルゼニ」をご参照ください。
・ルーマニア マラムレッシュ シゲトゥ・マルマツィエイ(Piaţă agroalimentară)
シゲトゥ・マルマツィエイで民泊を探す為に入った旅行代理店の方がとても親切で、かつルーマニア人らしくおしゃべり好き、付近の青空市場の存在まで教えてもらえた。この市場は町中にあるのだがアプローチが非常に細い路地を入った先にあり、表通りからは全く気がつかない。代理店の方に教えてもらわなければ、たどりつけないような所にあった。
市場好きとしては、かなりの時間を市場をウロウロするほど魅力的な市場であった。地方都市であるので、皆さん装いが素敵だ、中には民族衣装そのものを着てらっしゃる方もいる。蜂蜜が安価で各店から少しずつ購入してみたり、野菜の値段を比べたりしても楽しい。これらの野菜たちはツヤツヤしており本当に旨そうであった。
・セルビア ベオグラード ゼレニ・ヴェナツ (Зелени венац / Zeleni Venac)
借りたアパートから近かったので足繁く通った市場。セルビアの食材は新鮮で、自然の香りに満ち満ちている。ある日は美味しそうなステーキ肉があったので、ランチ時に帰宅しステーキにしてたいらげた。野菜果物も新鮮な上に格安で目移りがして困る。ちょうどベリーの時期だったので大きめのカップ一杯150円とマッシュルームを100円分も買った(100円換算で日本の5倍くらい入っている)。これらもステーキの付け合わせにした。マッシュルームはあまりに分量が多いので、ソテーに加えてコンソメスープの具などにもしてみた。この国は肉そのものが旨いのである。こんなに安くて美味しいお肉が普通に売られているのだから羨ましい限りである。
・セルビア ベオグラード カーレニ市場(Каленић пијаца / KalenićPijaca)
こちらは市内中心部のゼレニ・ヴェナツ市場よりも更に大きく、商品も豊富。八百屋だけでも数十軒立ち並ぶ。そして花屋や果物屋も充実している上に、雑貨店に加えて、蚤の市っぽい古道具屋まで出店している。訪れた時、気分が高揚した。帰国日に立ち寄り、この市場と隣にあるスーパーで日本土産用に食材をたんまり買い込んだ。ただ、肉の日本持ち込みは厳禁だし、生野菜はトラブルの元なので避けて、主に購入したのはバターやソース類、乾物である。キノコが滅法美味なので、乾燥ポルチーニをたんまり買った。ポーランド含む中欧、東欧は、あまり知られていないがキノコの産地。イタリア、フランス等への一大供給源なのである。ちなみにベオグラードでは、トリュフなんかも非常に安いらしい。
・ポーランド ワルシャワ 屋内市場(Hala Mirowska Warszawa)
ポーランドのどの都市よりも市場の規模が大きく楽しい。食材はもちろん日用品となんでも揃い、お値段も手ごろ。サーモンのハラスの燻製が気に入って燻製屋へは幾度も訪れた。更に果物が安いので選り取り見取り、ザクロ、みかん、柿、洋なし、プラムなどを買う。ポーランドの果物は本当に美味しい。強烈な甘みではなく、ほどよい果物の甘みが感じられ、病みつきになる。また、ドライフルーツも各種買い揃えて食べ比べ、リンゴなどは紅茶にいれて楽しむことができる。そして、感動したのが初のポーランドケーキ、甘さ控えめパクパクと口に運んでしまった。
大きな建物が3棟あり、手前はスーパーも入った雑貨ビルで真ん中が食材の市場が並ぶ、一番奥は広い飲食店街になっている。また建物外はたくさんの花屋や八百屋が連なっている。
・ポーランド クラクフ スタリィ・クレバシュ市場(Old Kleparz / Stary Kleparz)
バルバカンのそばにある歴史ある市場。スタリィ・クレバシュ市場のお目当てはポーランド南部特産のチーズだろう。このオスツィペック(oscypek )と呼ばれる羊の乳でつくられた燻製チーズは、円筒形をしており、独特の模様が入っている。そのまま食べても、ちょっと焼いても美味しい。一口サイズの小ぶりのものもあり、これは気軽に食べられる。
古いながらもかなり立派で店舗数も多く食材入手に困らない。また、総菜屋もいくつかあり、美味しいポークカツとチキンカツを買って翌日のドライブのランチボックスにした。総菜屋ではピエロギやロールキャベツなども売っているので、これに骨付き肉や新鮮なキノコを加え、スープで煮込んで晩ご飯も手軽につくることができる。この市場の恩恵にあずかると、更にワインにドライフルーツ、各種チーズにふんだんな果物と豊かな食卓となる。
・ポーランド クラクフ ウニタグ マーケットホール(Unitarg Hala Targowa – Kraków)
借りたアパートのそばだったのでちょくちょく出向いた市場。規模は中規模ながら食材も一通り揃っており、野外市場の奧には魚屋などが並ぶ店舗もある。こちらは日曜日には蚤の市になるらしい。
・ポーランド ヤボル(Targowisko Miejskie w Jaworze)
ヤボル(Jawor)は大きな木造教会の福音教会(Kościół Pokoju w Jaworze)があるので立ち寄った。そして、散策していると高台の上から比較的大きな市がたっているのがわかり、立ち寄ることにした。ヤボルはそもそもが大都市間の交易路だったらしく、この市場も相当な歴史があるのかもしれない。
ヤボルの市場については、以下のブログ記事の「ヤボル(Jawor)」をご参照ください。
・ポーランド キエルツェ の市営市場(Targowisko Miejskie w Kielce)
キエルツェは中規模都市でポグロムの史跡を訪ねに立ち寄った。散歩の途中で立派な市場が開かれていて驚いた次第。紳士服だけで百貨店のワンフロアくらいの量が陳列された屋外市場で、コートなど重衣料含めた衣料品から雑貨、食品の店舗がズラリと並び壮観であった。
キエルツェの市場については、以下のブログ記事の「屋外マーケット(Targowisko Miejskie)」をご参照ください。