自然豊かなスコットランド、ケルト文化に美味しい食事とお酒を楽しみつつ、魅力たっぷりのヘブリディーズ諸島をドライブ旅行した。
最初に訪れた島はスカイ島、著名なマクドナルド氏族(クラン)の末裔の方が経営するキンロッホ・ロッジ(Kinloch Lodge)を訪問するのが目的だが、エジンバラからの長い道中での景色が息を飲むほど美しい。道路を占領してのろのろ歩くロン毛の牛「ハイランドカウ」が行き過ぎるのを待ち、マクドナルド氏族の女傑のメモリアルを訪れ、高い岩壁から海に注ぎ込む雄大な滝を眺める。
● スカイ島を巡るドライブ
● 瀟洒な建物、見事な湖……キンロッホ・ロッジ(Kinloch Lodge)の極上な滞在
● もう一つの極上、それは「ただの水」
● ゲール文化に触れられるお酒
● スカイ島を巡るドライブ
今回の旅の目的はスコットランドの豊かな自然、そしてスコッチウイスキーと料理を堪能すること。現地で借りたレンタカーは郊外の狭い道を想定して小型車を頼んだにもかかわらず、勝手にアップグレードされ大きな米国車のシボレー、少々風情に欠けるが乗り心地はよい。こちらに乗り込んで、スコットランド東岸に位置する都市エジンバラから、スコットランド西岸のヘブリディーズ諸島に向かう。
何年か前にフランスのシラク大領領が「英国はフィンランドの次に料理がまずい」と暴言とも思える発言をしていたが、最近はロンドンにも美味しいレストランが増えている。そして、今回訪問するスコットランドについては、けっして料理がまずいということはない。自然環境が豊かで、美味しいお酒が造れる土地で食がNGなんてことはあるわけがないのだから。
せっかくスカイ島まで来たので、スカイ島の先端部までドライブをしてみた。少々寂しげな村落が続くが、自然以外にも見どころはある。このスカイ島先端部には、キルミュア墓地(Kilmuir Cemetery)があり、フローラ・マクドナルド(Flora MacDonald / Fionnghal nic Dhòmhnaill)と言うスコットランドでは英雄視されている女性のモニュメントがあるのだ。
フローラは若き頃、時のスコットランドの王子を包囲されたイングランド軍から救い出し、一躍時の人になった。彼女は名門マクドナルド家のレディでありながら、その後流転の人生を送り最後は母国の縁ある土地 スカイ島に埋葬された。
訪れてみると、こちらの墓地は日本と異なり綺麗に掃除などおこなわないようで、あちこちに崩れた墓石などが放置されている。それが荒涼たる北の海を臨む墓地の風情とフローラの人生とが交差し更にわびしさを感じさせる。
尚、この墓地のすぐ側にはスカイ島の郷土資料館(Skye Museum of Island Life)もある。
島を半周ほどまわると海に流れ込む滝(Mealt Falls)があり、メルト湖(Loch Mealt)から海に流れ込む豪快な滝を間近で見ることができる。スコットランドでは、湖は”lake”ではなく”loch”が使われ、海から切れ込んだ入江も”loch”と言うらしい。地図を見ていてこれに気がつかず、海であるのに、なぜ”loch”と記載されているかと迷った。
この近辺は岸壁が続き、この断層模様を「キルト(タータン)」と見立ててキルトロック(Kilt Rock)と呼ばれている。
● 瀟洒な建物、見事な湖……キンロッホ・ロッジ(Kinloch Lodge)の極上な滞在
実は、書籍『死ぬまでに一度は行きたい世界の1000ヵ所 ヨーロッパ編』で見つけて気になっていた宿 キンロッホ・ロッジ(Kinloch Lodge)への訪問が、スカイ島を訪れた最大の理由である。建物は1680年に建てられ、この近辺を統治していたマクドナルド家の末裔の方が経営する。そして、スコットランド料理界の大御所の同婦人が土地の食材を用いて腕をふるってくれると言う。有名らしいがスカイ島自体がいささか遠方なのでシーズンオフの時期は比較的簡単に予約ができた。
宿付近に到着するとキンロッホ・ロッジの名が記された寂しげな門柱が現れる。本当にここでいいのかな、と細い一本道をしばらく行くと、うっそうとした林に入る。道を間違えたかな……と思った頃、突如、目の前がひらけて、瀟洒な建物が眼前に現れた。その向こうには見事な湖が見える。
到着すると、好青年が気さくながら実に丁寧なお出迎えをしてくれ、ウェルカムドリンクのシャンパンをいただきながら宿の由来を伺う。そして、湖畔を散策したり、暖炉にあたったり、極上のロッジ滞在である。
夕食ではゆったりとした食堂で地物の食材をふんだんに使ったオーナーの創作料理をいただける。ほのかにスパイシーなスープはいまだに舌の感触を思い出せるほどで、幾皿も供される料理はどれも、味も見た目も素晴らしかった。
● もう一つの極上、それは「ただの水」
しかしここで注目すべきは、テーブルに置かれた花瓶のような水差しである。
この中には、「ただの水」が入っている。日本でも、そして他の国でも、水をドンとテーブルに置くレストランはあまりない。しかも、ここのテーブルに置かれた水は、文字通りただの水である。
英語ではタップウォーター(tap water:水道水)で通じる。スコットランドでは、大都市のエジンバラを含めてこのタップウォーターがすこぶる美味しい。
水をオーダーすると「ミネラルウォーター、ガス入り?ガスなし?」と尋ねられる。そこですかさず「タップウォーター、プリーズ」と答える。すると給仕さんはニヤリと笑う。なぜなら、水道水こそが彼らご自慢の水だからである。
持ってきた時に「なんの添加物も入っていない豊かなホテルの裏山の水なんですよ」と自慢げに説明する給仕さん。そう、先ほど我々が通り抜けてきた深い林から自然に出ている湧き水なのだ。
さらに、スカイ島の土地には泥炭が堆積しており、そこから湧き出る水はほのかに燻(いぶ)した香りがする。そして茶褐色ながら澄んだ水である。ウイスキー同様に水までもがピーティ(Peaty:心地よいスモーキーフレーバー)なのだ。
水の色には少し腰が引けてしまうが、飲んでみるととても美味しい。ホテル全体がこの水道水を使っているので、当然お風呂もうっすら茶色になる。ほんの少しウイスキーに浸かっている雰囲気になれる。
● ゲール文化に触れられるお酒
スカイ島のウイスキーと言えばタリスカー(Talisker)が有名だが、この島にはもう一つ、ゲール語とゲール文化に敬意を払って造られているゲーリック・ウイスキーがある。
造っている会社はプラバンナリンネ(Prában na Linne)社。蒸留所を持たないのでウイスキーはシングルモルトのブレンディングなのだが、造り手の心意気がよい。スカイ島民とゲール語を話す人に門戸を開き、島の過疎化を防ぐために雇用と文化の両面から支えようとする企業なのだ。お店はホテル(Hotel Eilean Iarmain)の脇にこぢんまりとたたずんでいて分かりにくいが、店内には熟成年代別にボトルが誇らしげに並び、各々にゲール語のラベルが貼ってある。
中でもポッチ・ゴー(Poit Dhubh)という年代物は「黒いポット」という意味で暗に密造酒のことであるらしい。キンロッホ・ロッジからも近く、せっかくのゲール文化に触れるのであれば、ちょっと洒落たこちらに立ち寄ってみるのもよい。