映画『U・ボート』(Das Boot)ファンとしてはミュンヘン(München/Munich)に来たら、まずはババリア フィルムシュタット(Bavaria Filmstadt)を訪れたかった。
ババリアフィルムシュタットとはミュンヘン郊外にある映画撮影スタジオ。かつて制作された映画のセットや映画関連のアミューズメント施設が広いスタジオ敷地内に点在しており、これをツアーで案内されながら巡り歩くことができる。
そのババリアフィルムシュタットには 1982年に公開された映画『U・ボート』(Das Boot)のセットがそのまま保存されており、撮影所ツアーの目玉施設となっている。今回は映画版『U・ボート』だけでなくTVシリーズとして放送されたドラマ版『U・ボート TVシリーズ』まで見直しての準備万端で訪問した。
このTVシリーズは、尺が映画の1.5倍ほどあって映画版よりも中味が濃くなっており、メッセージ性がかなり高く見応えがある作品となっている。
ババリア フィルムシュタットのツアーでは嬉しいハプニングがいくつかあり思い出深く、『U・ボート』のセットを案内された際には感無量であった。
● ババリア フィルムシュタット(Bavaria Filmstadt)への行き方
● ババリア フィルムシュタット(Bavaria Filmstadt)のフィルムツアー
● 映画『U・ボート』(Das Boot)とドラマ版『U・ボート TVシリーズ完全版』
● ババリア・フィルムシュタットの映画『U・ボート』(Das Boot)のセット見学
● ババリア フィルムシュタット(Bavaria Filmstadt)への行き方
ミュンヘン郊外に映画村がある。京都の東映太秦映画村のようであるが、ちょっと趣が異なるのは、本格的な映画スタジオの合間に観光客用のアトラクションが分散して配置されていることだ。そして、京都のそれよりも遙かに敷地が広大である。それ故、ミュンヘンの街中からは少々距離があるところにある。
ババリア フィルムシュタットへの行き方は、ミュンヘン中心から地下鉄と路面電車を乗り継いでとなる。途中、森をくぐり抜け市内から小一時間ほどで路面電車は Grünwald, Bavariafilmplatz という小さな駅に到着した。Googlemapに表示された時刻表を見ながらであると、乗り換えも少なく迷うこともなかった。
朝早くに到着したのでスタジオ関係者とおぼしき映画人も数名下車して、彼らについて歩いていく。すると “Bavaria Film” の立派なゲートがある。ただ、観光客はここから入るのでなくスタジオを迂回して、大きな建物やセットの裏側を横目に一般道を10分程度歩かなくてはならない。誤ってゲートから入ると、広大なスタジオの敷地内を彷徨い歩くことになるので、素直に迂回したほうが良さそうだ。
スタジオ敷地を囲う壁ぎわを歩くと、遊園地の入口といった雰囲気のゲートにでる。このチケット売り場で気に入ったツアーチケットを購入し、あとは指定された集合場所で待っているだけである。ただ、特別なイベントやツアーが幾種類もある場合もあり、事前に ババリア フィルムシュタットのホームページ を参照しておくのがよい。ちなみに、ミュンヘン市内の博物館など主要施設が休みである月曜日もババリア フィルムシュタットは開いているので月曜日に訪問するのも手である。
ツアーチケット購入時にゲートで「英語解説があるから、このURLからアプリをダウンロードしてください」と言われた。こちらを使うとスマホがツアーの最中のオーディオガイドになる。使い勝手は良いとは言えなかったが、ドイツ語を解しない身にはけっこう役立つ。
早く着きすぎたので、ツアー前の閑散としたエントランス付近をうろうろし、映画『U・ボート』(Das Boot)特撮用模型やその続編の新作ドラマ『Uボート ザ・シリーズ 深海の狼』の小さなブースを見る。お目当てのアトラクションを前にちょっとした復習になった。しかし、このエリアはツアー出発点としての単なる集合場所であるので、アトラクションめいたものはなく、飲食や土産物店以外は時間をつぶすような場所はほとんどない。入口では遊園地のように見えたが、やはり本物の映画スタジオが主流の施設なのだ。
● ババリア フィルムシュタット(Bavaria Filmstadt)のフィルムツアー
ババリア フィルムシュタットは映画村でありながら、アトラクション施設群が集積しておらず、広い敷地内にある映画スタジオの合間に施設が点在している。そのため、アトラクションに行く為にはスタジオ内を練り歩くことになる。これが映画関係者と同じ立ち目線でスタジオ内をうろつくことになって面白い。ガイドに連れられてスタジオ敷地内を見学し、歩き回るのだが、自分が映画関係者になったかのような気分にさせられる。途中は映画関係者のオフィスやスタジオの日常が垣間見られるアットホームな感覚を楽しめるのだ。
ツアー開始前は、チケット売り場で指定されたツアーの集合場所で待つことになる。最初はガラガラだったが、ほどなく観光バスかなにかで到着した団体が集ってきて、それなりに活況を呈してきた。
人々が各ツアー集合場所に集り始めると、係の1人が自分に声をかけてきた。なにか不具合でもあったのかと気構えると「ラッキーだよ。90分ツアーから2時間半のツアーにアップグレードしないか。追加費用なしで時間さえあればお得だよ」と勧められる。団体客が入ったので、そちらに組み込もうとしてくれたようだ。お目当ては映画『U・ボート』(Das Boot)のセットなので、念の為そちらはツアーに入っているかと尋ねると「もちろん」との答え。こちらは時間の制約のない旅人である。料金の高い4Dシネマも入っているようで快諾した。これは幸先がよい。
フィルムツアーが始まると、おもちゃ仕立ての汽車に乗ってスタジオ内を皆さんで移動する。そして汽車を降りてツアーガイドに導かれながらアトラクションまで歩く。周囲には映画関係者が歩いていたり、スタジオが改修工事している様を見たりできる。オフィスなどもガラス窓から仕事をしている方々が丸見えである。まるでスタジオの一員になったような素敵な体験ができる。道を歩いていると関係者も笑顔で挨拶をしてくれるのも楽しい。
まず、最初に連れて行かれたのが4Dシアター。内容はウェスタンのアニメのようだ。「ドイツまで来て西部劇かよ」と思いきや、こういったライドアトラクションはご無沙汰なので、トロッコに乗って上へ下へもんどり打ちながら、水しぶきを浴びる映画鑑賞はなかなか楽しめた。
この後はスタジオをまわり、映画『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』のセットや、ドイツの子供向けバイキングドラマ、学園コメディ『Fack juGöhte』などのセットを見て回る。
解説付でCGのスタジオや仕掛けを見ることも初めてなので、相応に面白い。そして、ツアーガイドの解説がディズニーのキャストよろしく、明るく親切丁寧。ただ、こちらのツアーガイドが少々異なるのは、楽しませるだけではなく、どこか学芸員みたいな雰囲気を漂わせているところ。予備知識が豊富で、質問にも気軽かつ的確に答えている。
後半では、昔のドイツの街並みの屋外セットを見たが、日本の時代劇と異なり古い街並みが今も残る欧州の今の風景であったりもするので、少々拍子抜けしてしまった。映画の街ゲルリッツなど、至る所に中世から戦前の街並みが普通に存在する国なので、歴史物のロケ地には事欠かないはずだ。
映画の街ゲルリッツについては、こちら↓のブログ記事をご参照ください。
● 映画『U・ボート』(Das Boot)とドラマ版『U・ボート TVシリーズ完全版』
ウォルフガング・ペーターゼン監督の出世作である映画『U・ボート』(Das Boot)の原形となるのはTVシリーズの6時間ものの長編作品であるドラマ版『U・ボート TVシリーズ完全版』。そもそもは映画ではなくて長編テレビドラマとして製作されていた。この長編ドラマの舞台となるのは狭い潜水艦の艦内がほとんどであるため、精巧な潜水艦のセットがつくられた。その撮影時のセットや大道具がこのババリア フィルムシュタット に展示してある。
この『U・ボート』(Das Boot)を観るのなら、やはりお薦めするのは映画版よりTVドラマ版『U・ボート TVシリーズ完全版』である。映画よりもかなりメッセージ性が高い内容となっており、見応えがある。水兵たちが潜水艦に乗船するまでの前段の布石もしっかり描かれ、洋上に出てからは戦の合間の長い待機時間で鬱屈した生活のシーンが続く、そしていざ戦闘が始まれば長く心理的負荷の高い海中での潜行の時間に移る、こうした戦以外のドラマティックな事柄が細かく描き込まれている。
そして、戦時でも平時でも切迫した緊張感が続くので、潜水艦など乗る物ではないという気分にさせられ、リアルな潜水艦乗りたちの状況を追体験できる仕掛けだ。そして、TVドラマ版では人物の描き込みが豊かであり、物語としても映画版より優れている。この描き込みによって冒頭にある数々のトピックや伏線もしっかり回収されるのもTVドラマ版の見どころである。
映画版でもTVドラマ版でも、最初のシーンでは規律に厳しい軍隊でありながら、士官や兵士たちの無礼な振る舞いや泥酔しての乱痴気騒ぎが延々と続くシーンとなっている。実は、これらの振る舞いがこの先の任務の過酷さを表していることがTVドラマ版ではよりわかる。
歴戦の勇士である潜水艦乗り達は出航後の厳しい日々をすでに予感しているが為に無茶な振る舞いとなっているし、目に余る部下の振る舞いもあえて見逃したするのである。つまり、これらの乱痴気騒ぎの翌朝の出港時の緊張感や不安げな様子の伏線ともなっている。こうした先々を予兆させるシーンがいくつも仕込まれているのが、この作品の上手なところだ。
このパーティの名の下の乱痴気騒ぎは戦時の緊張感の裏返しであるが、TVドラマ版では宴会中に拳銃をぶっ放す者までいて、乱痴気騒ぎぶりが更に強調されている。歴戦の勇士のはずの艦長トムセンが潜水艦内での警報と勘違いして電話の音に動揺してしまったり、魚雷の不発や士気の低下など愚痴めいた不穏な話を口にしてしまったりするシーンもTVドラマ版には織り込まれている。また、この辺りのやりとりから主役艦長と同僚艦長トムセンの2人がとても仲がよいことがわかり、後に登場する場面である「嵐の洋上での出会い」の歓びにもつながってくる。
戦闘中の潜水艦は密室で、外の様子もうかがえない、水中では無線も使えず、そもそも海上でも敵に察知されるので無線をほとんど使うことができない。つまり、如何なる状況でも孤立無援で外の様子がうかがえない状態に近い。たまにある連絡も主に中央の司令部からの一方通行の暗号命令と情報提供のみ。そんな状況での同僚艦に想いを寄せるセリフがいくつか出てくるが、こうした閉塞感の中で、互いの連携はなかなかとれない焦りや仲間への気遣いというのは哀切極まる。
映画版ではカットされてしまった若い水兵が花屋のフランス娘に恋してしまい乗船するまで逡巡する姿、これも印象的な物語である。出港時に彼女が封鎖地帯に入ってまで手を振る姿がチラリと写る。それをまんじりと見つめる艦長など、こうした思わせぶりの名シーンもTVドラマ版ならではであり、出港時の緊張と切なさか交差する。そして、中盤のラブレターを託す話の重要な伏線にもなっている。
永遠の別れとなるかもしれぬ故の無念な想いと敵国人との恋愛故の心配事も重なり、戦時にはこうしたロマンスも多くあったのかもしれぬと物語に深みを加えている。
戦闘に入ると長い待機の時間でイライラが募り、辛辣なやりとりやイジメもどきのシーンも増えてくる。特にいじめられる対象となるのは搭乗したインテリ従軍記者(士官)。潜水艦に初乗艦でもある彼は事あることに茶化され、不安を増長させるようなことを耳元でささやかれる。また、彼に油まみれの雑巾が投げつけられるシーンがあるが、映画と異なりドラマでは雑巾を投げつけられた後のシーンがある。雑巾を記者に投げつけた部下たちを上官がたしなめるが、実は記者が持ち場を離れるやこの上官も部下たちと一緒に大笑いするシーンがあるのだ。そして、後半になってこの記者がだんだん狂気にむしばまれている様、それに続いてたくましく変化していく様につながってくる。
これらの細かな描き込みから、現場である水兵と士官との違いも際立ち、死地を超えてきた彼らの輪に入るのも簡単ではないことがわかる。また、当然ながら士官よりも水兵たちのほうが数は多く、密室状態での潜水艦ではこのバランスをとることも重要なのがわかる。潜水艦は誰か1人ミスをするだけで沈没の危機にさらされる微妙な船であり、命令一辺倒のマネジメントでは息が詰まるし、そもそも統制すらとれないだろう。
無口な艦長が出港時に写真を撮るこのインテリ従軍記者に向かって「英国が子供と戦っていると知れたら驚かれる」と言い、帰港時髭が伸びた姿を広報写真に撮れと伝えるシーンがあるが、この発言が潜水艦内の若い兵士たちを励ましながら、そして話をあわせながら率いていく艦長の姿と被り、映画を通じて艦長の心意気やマネジメントスタイルが理解できるようになっている。
各々の人物描写もTVドラマ版は面白い。機関室に閉じこもりきりの機関曹長のヨハンはそれ故に「幽霊」とあだ名されているが、その彼も一瞬だけ艦橋に出てきて「外の空気はいいだろう?」と仲間に問われるシーンがテレビ版にはある。その描写が見事であるし、うまい空気を吸えるはずの艦橋での彼のそっけない態度が「幽霊」とあだ名される曹長ヨハンの人物像をうまく表している。
生真面目すぎると揶揄される堅物の若き副官にも実は背景があって、生真面目さを小馬鹿にした部下を艦長がたしなめるシーンがあるが、この部分も実はあとでしっかり物語内で回収されていることがTVドラマ版ではわかる。
こうした個性的な登場人物たちがTVドラマ版では更に丁寧に描かれ、映画では端役と思われた人物にも相応の背景や過去にあったことがわかる。既に映画『U・ボート』を気に入っている方にはTVドラマ版も強くお薦めしたい。これを見ればさらに深掘りされたキャラクターを楽しむことができるはずだ。
そして、TVドラマ版には監督の伝えたいことがたくさん詰まっており、潜水艦乗り一人一人に眼差しが向くように仕掛けられている。この個人の描き方を通じて、描きたかったのは単なる戦闘映画ではなく、人物描写に優れた人間ドラマであることわかる。そして、そもそもの映画『U・ボート』(Das Boot)の面白さは、寡黙な潜水艦艦長の静かな奮闘にある。「戦」と言うのは戦闘ばかりではなく、むしろ待機や準備の期間が長い。その緩急ある戦の各情景の中で艦長の人物像を通じて、様々な葛藤が映像として描かれるので、ドラマ版『U・ボート TVシリーズ完全版』はリアルであり、鑑賞を終えた後に心を揺さぶるものが残る。
● ババリア・フィルムシュタットの映画『U・ボート』(Das Boot)のセット見学
映画『U・ボート』の展示は広いババリア・フィルムシュタット敷地内の中央部ぐらいに設置されている。屋内展示にあたる潜水艦内のセットはビニールシートで覆われながらも潜水艦そのものの姿で広場に置かれている。筒の内部には潜水艦の艦内が再現されたセットになっており、ここで映画『U・ボート』のほとんどの撮影がおこなわれた。
そもそもU・ボートは潜航浮上の繰り返しをおこなう乗り物で、戦時には爆雷攻撃など船体を大きく揺らされることになる。そのため、映画撮影には潜水艦のこれらの動きを再現する必要があった。そこで、この潜水艦内の巨大なセットはスタジオ内で台に載せセット自体が傾くようにしつらえてあったと言う。つまり揺れる潜水艦をそのままスタジオ内に造ったことになる。その時のパネル写真を見るととても大がかりな撮影であったことに驚かされる。
潜水艦内のセットの中に入る前に、ツアーガイドから簡単な説明を受ける。この説明終了直後にガイドの方が私をツアーの先頭に呼んでくださった。しかもずっとドイツ語解説であったのに、私だけの為に艦内では英語解説に切替えてくださる。「映画『U・ボート』のセットが楽しみで出向いた」と事前にツアーガイドに伝えていたので、特別に配慮してくれたようだ。
狭い艦内で一列になって見学する為、ガイドの説明は後方には届かない、ほぼ自分だけで解説を独占できてしまい申し訳ないやら、嬉しいやらの複雑な心境。あげく日本の潜水艦との比較まで披露してくださる。おかげでお目当てのセット内を充分に堪能することができた。
この潜水艦艦内のセットは実物同様に驚くほど狭い。撮影カメラを取り回すことがとても困難だったことだろう。また、内部の構造や機器の配置を実物と見比べてみると、ほとんど変わらないレベルであった。現在、内部に入ることができる同時代のU・ボートは2隻現存している。1つはドイツ キール付近の ラーボエ海軍記念館 の”U995″、もう1つは アメリカ シカゴ科学産業博物館 の”U505″であり、これらをババリア・フィルムシュタットの潜水艦内部のセットを見比べてみるとそっくりなので驚いた。
また、艦内のセットには調理場もしっかり再現されている
そして、いざ戦闘配置でトイレから飛び出すシーンで印象的だったトイレの使用中掲示板も健在である。
艦内シーンの撮影は実物大のこのセットで行い、如何に潜水艦内のシーンをリアルに撮るか工夫したのかが、この映画セットからわかる。
一方、船外の特撮シーン及び特殊効果は様々な大きさの模型を用いて撮影された。この時造られた実物大のUボートは映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』でも貸し出されていることは有名な話だ。この航行可能である実物大の模型もかなり精巧に造られている。
また、実物大の模型以外にも多くの縮尺のUボートの模型が造られ、人形をリモートコントロールできるようにしたり、魚雷を発射できるようにしたものもあったようだ。
巨大な潜水艦の内部セット周辺には多く屋外展示品がある。実物大の艦橋や魚雷、たくさんの説明パネルがあり、こちらにも興味深い内容のものが多い。
映画『U・ボート』(Das Boot)は製作にも2年と多くの時間がかけられている。そのため、出演者の髭も実際の水兵さながらに伸び、リアルなその姿が映画にも反映されているようだ。この長い撮影期間を示すタイムテーブルも展示してある。
キャスト、スタッフが勢揃いした写真は、長丁場の撮影で現場の良い雰囲気を感じさせ、先の話の通り髭顔の面々も多い。
ババリア フィルムシュタットのツアーの終点は土産物店となる。映画『U・ボート』(Das Boot)の公開から40年近く経つ今も多くのグッズが販売されており、未だ人気ある名作であることがうかがえる。