ナポレオンにヒトラー、お酒と戦争をめぐる奇妙な攻防 / パリの美術館でシャンパンを

ナポレオンにヒトラー、お酒と戦争をめぐる奇妙な攻防 / パリの美術館でシャンパンを

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パリのジャックマール アンドレ美術館でのコンサート、サロンのような雰囲気の中でシャンパンが供され、シャンパンはこのような栄華の中で育まれてきたことを思い出した。
しかし、お酒の歴史を振り返ると華やかさだけではなく、戦争との因縁や興味深い攻防があった。それらを書籍『シャンパン歴史物語、その栄光と受難』(白水社)、『ワインと戦争―ヒトラーからワインを守った人々』(飛鳥新社)や映画『サンタ・ビットリアの秘密』を通じて振り返ってみる。

ジャックマール=アンドレ美術館でいただいたシャンパン
浮かれたフランス兵を経由してシャンパンが普及
ドイツ軍にワインをとられまいとあの手この手
ワインの作り手と樽に大きな損害も
村人総出でワインを隠すシーンに和む

● ジャックマール=アンドレ美術館でいただいたシャンパン

パリ市内にジャックマール=アンドレ美術館(Musée Jacquemart-André)という大ブルジョアの邸宅を改築した美術館がある。美術館と言っても館内は往時のままであり、調度品や展示作品も、銀行家だった家主と画家である妻が世界中から集めた逸品ぞろい。言わば当時から私設の美術館さながらであった。

ジャックマール=アンドレ美術館外観 @Musée Jacquemart-André
ジャックマール=アンドレ美術館外観 @Musée Jacquemart-André

この美術館で親切な受付スタッフに出会った。パリの美術館共通のミュージアムパスを受付で提示すると、「ここはプライベートなミュージアムなので使えない」と彼。「今夜、ここで開かれるコンサートのチケットは持っているのだけど」と私。「19時にまた来れば観られるよ、あーでも、今観たいの?」と気か効く彼。
「是非に」と言うと、「夜は2階の展示室は閉めてしまうので観られないから、いいよ今、入っちゃいな」と、無料で入れてくださった。しかも、追いかけてきてオーディオガイドまで貸してくれたのだ。ありがたい気持ちでいっぱいであり、現場の方にも裁量があり、機転が利くことにも感心させられた。

その夜は、この美術館でピアニスト ジャン=マルク・ルイサダ によるショパンのコンサートがあった。美術館と館を兼ねたサロン風の「音楽の間」で、シャンパンを片手に素敵な一夜の演出であった。部屋の大きさを考慮してか、ピアノは小ぶりなグランドピアノを使用していた。これが功を奏して、プロ中のプロの演奏ながらとても小洒落たムードになる。昔はけっこう才気走っていた印象のルイサダさんも、カドがとれつつ余裕の弾きっぷりで、ゆったりとした気分でショパンを堪能できた。

サロン的な雰囲気のなか、お酒も入って皆さん上機嫌である。その昔、王侯貴族の間で愛飲されたシャンパンは、こんな風に素敵な絵画や音楽に囲まれても楽しまれたのだろう。

昔のサロン風にシャンパンを片手に素敵な一夜の幕開け @Musée Jacquemart-André
昔のサロン風にシャンパンを片手に素敵な一夜の幕開け @Musée Jacquemart-André

● 浮かれたフランス兵を経由してシャンパンが普及

『シャンパン歴史物語、その栄光と受難』(ドン&ペティ・クラドストラップ著、白水社)に、シャンパンの流行の歴史について面白いことが書いてあった。

シャンパンはヨーロッパ中の王侯貴族に大流行したようだが、革命後は王侯貴族が減ってしまった。そこで、シャンパーニュ地方はナポレオンの軍隊にシャンパンを売り込むことにする。ナポレオンはヨーロッパ全土にばく進中だったので、浮かれたフランス兵はこの術策にはまり、たらふくシャンパンを消費する。そして、彼らを通じて民衆の末端までシャンパンの需要が喚起された。その後、フランスも産業革命と帝政で経済が興隆し、シャンパンは売れに売れた。

シャンパンがナポレオン戦争を契機に欧州に広まっていったとは。かくもお酒と戦争の話は興味深い。

会場で供されたシャンパン。収蔵品を愛(め)でながらいただくお酒は格別 @Musée Jacquemart-André
会場で供されたシャンパン。収蔵品を愛(め)でながらいただくお酒は格別 @Musée Jacquemart-André

● ドイツ軍にワインをとられまいとあの手この手

もうひとつ同じ著者による『ワインと戦争―ヒトラーからワインを守った人々』(ドン&ペティ・クラドストラップ著、飛鳥新社)も興味深い。

とにかく隠す隠す。時は第二次世界大戦まっただ中、ワインの産地かつ消費国である農業大国フランスは、自国のワインをドイツ軍にとられまいとあの手この手でワインを隠した。同じくワインの産地かつ消費地であるお隣のドイツはドイツで、フランスからワインを略奪するプロセスのシステム化を懸命に計った。略奪方法までも「仕組み化」したというのが、いかにもドイツ人らしい。

ワインは戦争と密接に関わりながら、ある時は敵味方関係なく双方の交流をうながす媒介役を果たした。またある時は戦略的な道具として使われ、またある時は双方の高級将校の私欲を満たすために用いられた。そのさまが小説さながらで面白い。そして、ページをめくる度にドキドキハラハラな内容は、お酒を飲む手が止まるほどである。

日頃は余裕たっぷりのフランス人も、ワインのこととなると真剣勝負だ。第一次大戦でも第二次大戦でもフランスはブドウの収穫のために徴兵のタイミングを遅らせ、その後に軍隊を総動員している。ドイツの傀儡(かいらい)政権だったヴィシー政府ですら、自国フランスのワインを守ることには積極的で、ドイツを相手にワイナリーを自分の庇護(ひご)のもとに置いた。実際、ロートシルト(シャトー)はフランス政府に先に没収してもらうことで、その畑と膨大な銘品をドイツに奪われるのを避けたらしい。

また、ドイツ軍はフランスから接収したワインを自軍の戦地に配送させたが、それを担ったのはフランスワインの作り手たち。フランス軍はその配送ルートからドイツ軍が次に進む侵攻先を予測し、レジスタンスを経由して友軍である英国に報告していたという。

さらにフランスはワインを隠しきれないとなると、ワインの味がわかるドイツ軍の高級将校には本物の高級ワインを送る一方で、送り先が単なる国防軍の兵士とわかるとワインを水で薄めたり、低品質のワインのラベルを貼り替えて高品質に見せかけたり、といった具合でやりたい放題である。

ドイツ軍側からは「これこれという場所にワインを1万本送れ」というおおざっぱな指示が多く、そういった場合、フランス側の作り手は最低の出来だった1939年ものなどを出荷したという記述もある。要はドイツ軍は体(てい)のいい在庫処分先として使われていたのであった。

ブルゴーニュでは最高級のブドウを産出するグランクリュの畑が戦場になるのを避けるため、あえてフランス軍が侵攻を遅らせたりもしている。逆に質の劣るブドウ畑にドイツ軍陣地があった場合は、防衛上の弱点(要は思い切り攻め込むことができる)として喜んだとも記されている。こうなってくると戦(いくさ)よりも遥かにワインのほうを大切にしている様相に思われる。

ジャックマール=アンドレ美術館ファザード @Musée Jacquemart-André
ジャックマール=アンドレ美術館ファザード @Musée Jacquemart-André

● ワインの作り手と樽に大きな損害も

ただし、やはり戦火による被害は甚大で、占領下のフランスにおいてはワインの作り手の息子たちがドイツに徴兵されることがあり、終戦間近になると兄弟で敵味方に分かれて戦っている。

また、ドイツ軍は燃料不足への対応策として生産したワインの半分を工業用アルコールとして蒸留することをフランスに求めた。その求めに応じ、燃料用に特化させたワインを飲めないようにするために、ワインの樽(たる)に少量の灯油を流し込んだりもしたらしい。

この所作により、ワイン以上に深刻な影響を受けたのが樽である。一度灯油のにおいがついた樽はワイン樽として二度と使えなくなる。樽は何十年も使い込んでこそ価値が増していくので、ワインの作り手もこれには激怒したという。

面白いエピソード満載ではあるが、やはり戦争の最中の出来事。先の敵味方に分かれてしまったフランス人兄弟、かつてはワイン作りで協力し合ったドイツ人とフランス人の知人同士の付き合い、ナチスに協力したフランス人との関係、フランス国民のヴィシー政府ペタン元帥に対する支持の変遷など、先行きに気をもみつつ読み進めることとなり、読後感には多少の居心地の悪さが残る。

『ワインと戦争』を読み「戦時中フランスがドイツ軍からワインをとられまいと、ワインを隠しまくったらしい」という話を知人にしたところ、そんな題材の映画があったなぁという話題になった。調べてみたところ、映画『サンタ・ビットリアの秘密(The Secret of Santa Vittoria)』に出会った。

● 村人総出でワインを隠すシーンに和む

映画の舞台はフランスではなくイタリア。時は第二次大戦末期、ムッソリーニの死に伴い、いやがおうにも緊張感が増した時期である。ただ、映画の内容はと言えば、戦争よりも主人公であるアンソニー・クインとアンナ・マニャーニの夫婦げんかのほうが壮絶かつ凄まじいというコメディタッチの内容で、敵役のハーディ・クリューガー扮(ふん)するドイツ将校がいささか優男で戦争映画ながら緩い感じである。

ところが、「ドイツ軍にワインを取られるぞ」との一報がワインの村サンタ・ビットリアに寄せられてから、ドラマは急展開。そこからの村人の団結ぶりが圧巻で半端ない。とにかく村人総出でワインをドイツ軍から隠しにかかる。ロケ地の村人である柔和な表情の老イタリア人がエキストラとして大勢出演しているワインリレーは、実に和んでしまうシーンだ。

やっと日本盤のDVDとBlu-rayが発売された。アンナ・マニャーニはお歳をめされていながらも、とびっきり美しい。が、怒らせるとおののくほど怖い形相なのが印象的でもある。戦争なんて夫婦げんか以上に馬鹿馬鹿しい。そう鼻で笑いながらイタリアワイン片手に眺めるのにふさわしい名画である。

フランス / パリ

<詳細情報>
●書籍と映画
『シャンパン歴史物語、その栄光と受難』、ドン・クラドストラップ/ペティ・クラドストラップ著、平田 紀之訳、白水社
『ワインと戦争―ヒトラーからワインを守った人々』、ドン・クラドストラップ/ペティ・クラドストラップ著、村松潔訳、飛鳥新社
映画『サンタ・ビットリアの秘密』

ジャックマール=アンドレ美術館(Musée Jacquemart-André)
158 Bd Haussmann, 75008 Paris