東北の馬と信仰を訪ねる / 二戸と遠野市立博物館を結ぶ旅

東北の馬と信仰を訪ねる / 二戸と遠野市立博物館を結ぶ旅

前回「二戸歴史民俗資料館と遠野を結ぶ旅」として二戸歴史民俗資料館の稲葉さんから東北の神々について教えていただいたことを書いた。今回はその続編、馬と深く結びついた人々の暮らしと信仰についてまとめてみた。
東北の神々はとても人間臭くて、動物にも子供にも優しい。その背景にはあらゆる局面で生活を支える馬の存在があった。二戸歴史民俗資料館と遠野市立博物館の2つの博物施設を巡ると「戸」=「牧場」というお話、遠野という名称についてなど、馬と人が織りなす生活文化、信仰、地名の由来が連続的につながり、深い歴史が浮かび上がってきた。
蒼前さま 東北地方の馬との生活
猿神さま 厩で我が家の馬を見守る神さま
ここは福岡?一戸から九戸まで
では十戸は?
魅力的な遠野市立博物館

○ 蒼前さま 東北地方の馬との生活

東北と言えば馬である。二戸歴史民俗資料館では、馬と神様の関係について丁寧に教えていただいた。
蒼前さま(勝善さま)は馬の守護神であり、白馬にまたがり烏帽子をかぶった男性像で表される。稲葉さんによれば、この地域の家庭を訪ねるとしばしばお像を見かけ、「蒼前さまがいるね」と声をかけると、「昔は馬を飼っていたからね」と返事が返ってくるそうだ。

この地方の農家はL字型の構造で「南部の曲り家」と呼ばれている。馬も人と同じ屋根の下で暮らし、L字の端に設けられた厩は茶の間から馬の様子が見える位置にあった。

南部の曲り家の模型 @遠野市立博物館
南部の曲り家の模型 @遠野市立博物館

そして、L字の要には土間があり、そこにかまどが設けられていた。かまどの暖気が厩まで行き渡る構造で、寒さの厳しい土地ならではの馬への配慮が見て取れる。
馬とともに生活を営んでいた岩手県北では、各家庭の神棚に蒼前さまを祀るのが一般的であり、馬も蒼前さまも生活に不可欠な存在であった。

南部の曲り家で茶の間から厩を眺める @遠野 伝承園
南部の曲り家で茶の間から厩を眺める @遠野 伝承園

また、蒼前さまは各家庭だけでなく、馬頭観音や駒形さまとして村の神社にも広く祀られている。以前遠野で見学に出向いた「遠野七観音・栃内観音」もそういった馬頭観音の1つであった。

蒼前信仰では、神社の境内にある笹を馬にはませると馬の難病を防ぐと信じられていたと稲葉さんに教えていただいた。旅人は、自分の馬が無事に目的地へ到着するよう願い、辻に置かれた蒼前さまや駒形さまの石碑や神社に向かってに手を合わせながら旅を続けた。

○ 猿神さま 厩で我が家の馬を見守る神さま

猿も馬の守護神とされ、東北地方の厩には猿の頭骨などが飾られることがあった。陰陽五行説では馬が「火」、猿が「水」を司るとされ、この組み合わせから馬を猿が守護する「厩猿信仰」があり、それ故に中国由来と考えられている。孫悟空が馬を連れて歩く姿も、中国における猿と馬の象徴的な関係を示す例である。
なお、猿まわしの本来の役割は厩の祈祷であり、現在のように見世物として定着したのは後の時代のことである。

二戸歴史民俗資料館に展示されている猿神さまは、男女一対の一組であり、見た目はオシラサマにも通じる。全国的にもこのような男女対の形式の猿神さまは珍しいという。蒼前さまが馬一頭ごとの守護神であるのに対し、猿神さまは一厩に暮らす一家族分の馬を守る神様である。家庭や家族を象徴して男女一対になった可能性も考えられる。「この地方は男女一対の神様が多い」という全国をまわって研究されている先生の言葉が、稲葉さんも印象的だったそうだ。

男女一対ひと組の猿神さま @二戸歴史民俗資料館
男女一対ひと組の猿神さま @二戸歴史民俗資料館

この「何でも男女一対」という特徴を思い出しつつ岩手県立水産科学館を訪れると、当地のお船霊さま(おふなださま)、すなわち船の守り神もやはり男女一対で祀られていた。

岩手県立水産科学館
岩手県立水産科学館
お船霊さま @岩手県立水産科学館
お船霊さま @岩手県立水産科学館

この一致には驚かされた。千葉県の渚の博物館(館山市立博物館分館)で見たお船霊さまは、基本的に1体のみで構成されていたためである。

お船霊さま @千葉県の渚の博物館(館山市立博物館分館)
お船霊さま @千葉県の渚の博物館(館山市立博物館分館)

さらに、東北と関東ではお船霊さまの形態や設置場所にも違いがある。東北では船首の係柱(ロープを巻き付ける突起)に設置し、納められる髪の毛は少女のものとされる。一方、関東では中央部の帆柱下に置かれ、妻など身内の毛髪を納めると説明されていた。
その後に訪れた釜石市郷土資料館でも、やはり男女一対のお船霊さまが展示されていた。

釜石市郷土資料館
釜石市郷土資料館

釜石市郷土資料館でも、少女の髪の毛をお船霊さまとともに封じると記されており、さらにその少女の家には「船霊になったお礼」が届けられたと紹介されていた。こうした点も、関東のお船霊さまとは大きく異なる部分である。

お船霊さま @釜石市郷土資料館
お船霊さま @釜石市郷土資料館

この妻ではなく女の子と髪の毛を船霊さまに納めるということから、ここでも東北では神様と子供の結びつきが強いと感じられる。旅から戻った後、この点を二戸歴史民俗資料館の稲葉さんにメールで伝えると、東北地方は飢饉など厳しい環境にさらされてきた歴史があり、そのために子どもを特に大切にする風習が残ったのかもしれないと感心されていた。

○ ここは福岡?一戸から九戸まで

稲葉さんによると、二戸はもともと宮野と呼ばれ、その後に福岡と名付けられた経緯があるという。現在でも土地の人は福岡と認識しており、そのため二戸歴史民俗資料館のキャプションにも福岡と表記されているものが多い。

北福岡の看板 @二戸歴史民俗資料館
北福岡の看板 @二戸歴史民俗資料館

昔、この福岡という地名が九州の福岡と紛らわしいと中央から相談があり、当時、二戸福岡出身の県知事が「それなら北福岡でよい」と即決した経緯があるという。その後は北福岡と呼ばれたが、市制施行により現在は二戸市となっている。

関東に住む者には八戸の地名しか馴染みがないが、この近辺には一戸から九戸までの地名が存在する。一戸と二戸は岩手県、三戸以降は青森県である。四戸は現在公式な地名としては存在しないが、地図検索では該当地域に名残が表示され、その痕跡を確認できる。

花巻市博物館では南部の歴史を説明する展示があり、一戸、三戸、七戸、九戸に城が存在したことが示されている。

一戸、三戸、七戸、九戸各城の記録 @花巻市博物館
一戸、三戸、七戸、九戸各城の記録 @花巻市博物館

この「戸」という地名は、かつての牧場制度の名残であり、「戸」=「牧場」であるという説があるという。ここでも東北地方と馬との深い関係性が確認できる。

稲葉さんによれば、一戸から九戸までの中心は三戸で、これを基点として九つに区分されていたという。かつてこの近辺は「糠部」と呼ばれ、一戸から九戸の位置も現在とは異なっていた。幾度もの境界変遷や市制施行を経て、現在は市町村名として便利に「戸」が用いられているが、当時の配置では三戸を中心に円形に並んでいたという。

この「戸」=「牧場」は、良馬の産地としても知られていた。鎌倉時代末期には各戸に牧場が設置され、馬の放牧が盛んに行われた。糠部郡の馬は「南部馬」と呼ばれ、全国から引っ張りだこだったらしい。

そうすると、先の蒼前さま、厩猿、馬頭観音と馬の神が多いのかもうなずけるし、一戸から九戸までずらりと「戸」の地名が並ぶのも納得できる。

○ では十戸は?

九戸までは存在が確認できるが、「では十戸はどこか」という話題が稲葉さんから示された。稲葉さんは「遠野」=「とおのへ」ではないかと推測する。しかし、遠野の方が二戸歴史民俗資料館を訪れた際、この話を投げかけたところ、「聞いたことがない。ありえない」と言われたそうだ。
その一方で稲葉さんが親しい先生方に伺うと「遠野」=「十戸/拾戸」であったことはどうも確からしいのだ。

そこで、遠野に行った際に遠野市立博物館で確かめることした。例によって受付で質問をする。すると、こういった難しい質問はたいてい学芸員の方を呼び出してくださる。

遠野市立博物館
遠野市立博物館

奥から対応してくださった学芸員が、館内のある展示物へ案内してくれた。
そこには「拾戸遠野村付の目録」と言う村の石高を示す資料が展示してあり、その説明書きには以下の記述がある。

南部氏が遠野に「南部氏の十番目の領地」という意味の「十戸(拾戸)」をつけていたことを示す貴重な資料である。

拾戸遠野村付の目録 @遠野市立博物館
拾戸遠野村付の目録 @遠野市立博物館

ただし、学芸員によると「遠野」=「十戸(拾戸)」だったことを示す資料はこの目録のみであり、そもそも南部氏が「十戸(拾戸)」と呼ぶ以前から「遠野」と称されていたという。どうやらお殿様が遠野を領地に納めた後、既存の地名とは別に馴染みのある名称を付したのが由来らしい。

それでは、そもそも「遠野」の由来は?と学芸員氏に尋ねた。すると「アイヌ語のトー ヌップ(湖/沼のある小高い丘)と言う説を明治時代の郷土史家が唱えたことがあって」と遠野近辺の地形ジオラマがあるブースを案内してくださった。しかし、その説は近年異論が出てきているらしい。

遠野近辺の地形ジオラマ @遠野市立博物館
遠野近辺の地形ジオラマ @遠野市立博物館

そこで、北海道には地名や川の名称をアイヌ語と併記した詳細な地図があるが、同様のものが東北に存在するのか尋ねてみた。すると、学芸員自身も見たことがなく、やはりアイヌ語起源はちょっと怪しい感じがするというお話で終わった。

つまり整理すると、十戸より遠野が先にあった。しかし、殿様が十戸と名付けたのは事実である、ということだ。

雑談をしていると、こちら遠野市立博物館の学芸員さんも二戸歴史民俗資料館に訪れているとのことで、厳しい予算ながら優れた内容を維持されて頑張っておられて、あの狭い建屋と入場料がなぜか50円という話で盛り上がり、とてもリスペクトしているご様子であった。

この報告を旅から帰った後に稲葉さんに報告をしたところ、初めて遠野にいる方の証言を聞いたと喜んでくださった。その際に稲葉さんもアイヌ語についても専門家に伺った話を聞かせてくれた。

日本語とアイヌ語は同源で分岐したという説もあるが、稲葉さんが親交のある先生によれば「日本語とアイヌ語は文法がまったく異なり、混淆も起きにくく、共通語彙もない」とのことだ。確かに地名を見ても、アイヌ語に無理に漢字を当てたような例が多い。

次回、また北海道に行った際にはアイヌ語についても注視したいと思った。

○ 魅力的な遠野市立博物館

遠野市立博物館は市立図書館と同居する立派な建物で、展示室は質実剛健でありながら洗練されている。15年ほど前にリニューアルされたようで、展示は見やすくキャプションも上質である。それでいて、昨今多いテーマパーク化した博物館とは一線を画し、学術的な側面をしっかりと保っている。

一方で、SNS発信が非常に上手である点について学芸員氏に尋ねたところ、「SNSへの投稿はスタッフが持ち回りで担当している」と嬉しそうに教えてくださった。

遠野市立博物館のX/Twitter(https://x.com/tonomuseum)
遠野市立博物館のX/Twitter(https://x.com/tonomuseum

ちなみに、遠野市立博物館のX/Twitter(https://x.com/tonomuseum)のフォロワーは6万人超で、全国4位である(上位は東博など国立系)。投稿のタイミングや内容を細かく分析しながら運用していることが新聞記事にも取り上げられている。こうした軽重の使い分けが、館内展示にも反映されており、随所に工夫が凝らされていて見ていて飽きない。

駄賃付け(行商)の扱った品々の見事なサンプル模型 @遠野市立博物館
駄賃付け(行商)の扱った品々の見事なサンプル模型 @遠野市立博物館
カッパを用いた注意書き @遠野市立博物館

さらに、遠野市立博物館では話題性の高い企画展が数多く開催されており、訪れた際にはちょうど「遠野物語と動物」という動物に焦点を当てた企画展が行われていた。

企画展「遠野物語と動物」@遠野市立博物館
企画展「遠野物語と動物」@遠野市立博物館

展示は呪術的な要素も織り交ぜて構成されており、人気の企画展になっているようで実に見事である。

企画展「遠野物語と動物」内のキャプション @遠野市立博物館
企画展「遠野物語と動物」内のキャプション @遠野市立博物館

この企画展にも常設展にも、当然ながら馬に関する展示がある。企画展では「馬と信仰」をテーマに、馬頭観音・蒼前神・駒形神に触れつつ、この地域との深い関わりを丁寧に解説している。

常設展では、馬が生活に欠かせない存在であったことを示すため、現金収入源、労働力、運搬の担い手といった側面から多面的な展示が行われている。

たとえば遠野では大規模な馬市が開かれていたようで、精巧なジオラマも展示されていた。説明書きによれば、冷涼な高原性の気候が馬の育成に適しており、この馬市は毎年秋に8日間も開催され、農家にとっては貴重な現金収入を得る場であったという。

馬市のジオラマ @遠野市立博物館
馬市のジオラマ @遠野市立博物館

馬が働く様子を捉えた写真や多数の農耕具が展示されており、木挽きや厳しい土地の開墾において馬の労働力が欠かせなかったことがよくわかる。

馬の山仕事の写真 @遠野市立博物館
馬の山仕事の写真 @遠野市立博物館

さらに、内陸奥深くに位置する遠野は沿岸各地と内陸を結ぶ要所であり、「駄賃付け」と呼ばれる馬を使った運搬業も盛んだったという。荷物には生魚も多く、日に当てないように夜中に峠越えをして運んだと説明されていた。館内には、駄賃付けを行う馬の大型模型も展示されていた。

「駄賃付け」をおこなう馬 @遠野市立博物館
「駄賃付け」をおこなう馬 @遠野市立博物館

私が遠野市を訪れたいと思ったのも、多くの人と同じく遠野市立博物館の存在とそのSNS発信力に後押しされたためだった。企画力に優れ、展示手法も見事で、まれに見る充実した郷土資料館である。ぜひ多くの方に訪れていただきたい施設だ。

日本 / 岩手県 二戸市、遠野市、宮古市、釜石市 千葉県 館山市

<詳細情報>
・二戸歴史民俗資料館
岩手県二戸市福岡長嶺80−1
・遠野市立博物館
岩手県遠野市東舘町3−9
・岩手県立水産科学館
岩手県宮古市日立浜町32−28
・釜石市郷土資料館
岩手県釜石市鈴子町15−2
・千葉県の渚の博物館(館山市立博物館分館)
千葉県館山市館山1564−1