アール・ヌーヴォー、ゴシック、バロック……ウィーンには欧州の建築史が詰まっている。19世紀末に欧州で大流行したユーゲントシュティール様式(アール・ヌーヴォー様式)の建築を街の至る所で見ることのできるウィーン。
その代表がオットー・ワーグナーの設計による集合住宅、マジョリカハウスである。ウィーンではその他にもゴシック建築のシュテファン寺院、バロック建築のシェーンブルン宮殿など、欧州建築史におけるほとんどのスタイルの建造物を見ることができる。
その中でも異色の建築である19世紀末に建てられたガソメーター(Gasomete)や訪れる人が少ないのがもったいない郵便貯金局 (Osterreichische Postsparkasse)をとりあげる。
そして、ウィーンに数多ある美術館、博物館の一口ガイドを最後につけた。これらは収蔵品のみならず、どちらの建物も見事である。
● 荘厳なレンガ建築のガソメーター(Gasomete)
● 天井も床も全面ガラス張りの公共建築 郵便貯金局 (Osterreichische Postsparkasse)
● 映画『ビフォア・サンライズ』のロケ地
● ウィーンの美術館/博物館一口ガイド
・ウィーン博物館(Wien Museum Karlsplatz / Wien Museum)
・分離派会館(Secessionsgebäude)
・造形美術アカデミー絵画館(Gemäldegalerie der Akademie der bildenden Künste)
・レオポルト美術館(Leopold Museum)/ 近代美術館(mumok – Museum moderner Kunst Stiftung Ludwig Wien)
・アルベルティーナ美術館(Albertina)
・美術史美術館(Kunsthistorisches Museum Wien)
・ベルヴェデーレ宮殿 オーストリア ギャラリー(Österreichische Galerie Belvedere)
・ウィーン自然史博物館(Naturhistorisches Museum Wien)
・オーストリア応用美術館 (MAK – Museum für angewandte Kunst)
● 荘厳なレンガ建築のガソメーター(Gasomete)
有名なシェーンブルン宮殿まで来たら、散歩がてら是非立ち寄っていただきたい近代建築がある。シェーンブルン宮殿からトラム(路面電車)と地下鉄を乗り継いで、すぐのところにあるガソメーター(Gasomete)がそれだ。
19世紀末に建てられたレンガ建築のガスタンクをリノベーションして商業施設にしている。新旧混ざり合った見事な建築が連なるウィーンであるが、なかでもガソメーターはその巨大さと異色さで見ものである。
モダン建築との融合を図った商業施設ながら、外壁を壊さずに迫力と重厚感はしっかり残してある見事なリノベーションである。私が訪れた日はあいにくの天気であったが、雪景色の中でもその存在感は見栄えがして圧倒的だった。
この巨大なガスタンクは4基あり、リノベーションの際に各ガスタンクをガラス張りの通路でつなげている。施設の内容も充実していて、ショッピングモールだけでなく、住居、オフィスも内包していた。まるでスペースコロニーのような趣である。ちなみに設計は4基各々を異なる建築家が担当しているので、各棟の趣の違いを眺めるのも楽しい。
● 天井も床も全面ガラス張りの公共建築 郵便貯金局 (Osterreichische Postsparkasse)
ウィーンの建築は実に面白い。次にご紹介したいのがオットー・ワーグナーが設計した郵便貯金局 (Osterreichische Postsparkasse)。著名な建築物であるが、中心地から少々離れているため、訪れる人は少ない。
近くまでくるとファサード(正面)の独特な趣と建物屋上にある天使像ですぐにそれとわかる。ゴシックやバロック調の石造りの重厚感ある建物を見慣れていた当時の人の目には、さぞかし軽やかで輝いて見えたはずだ。機能性、合理性を重視しており、ユーゲントシュティール様式をさらに一歩進めた印象もある。
一見、モダンニズムならではの無機質なデザインのようだが、屋上に天使がいたり、直線の合間に優美な曲線がうまく同居していたりと、情緒的な面もあるのでけっして周囲の建物や街の雰囲気とぶつからない。
中に入ると、その機能性は顕著だ。ガラス張りの天井は長く暗い欧州の冬にはうってつけである。さらには床までもが全面ガラス張りで、地下への採光のみならず、地下と1階のそれぞれの様子が、互いになんとなくわかるようにもなっていたりする。
建物の奥は「Wagner:Werk Museum Postsparkasse」というちょっとした博物館になっており、この建物の建築経緯や建築家・ワーグナーの仕事の解説動画なども見ることでき、なかなか興味深かった。来館者は少ないらしく、訪問者は私1人でウィーン観光の穴場的な存在かもしれない。
● 映画『ビフォア・サンライズ』のロケ地
この近辺にはもうひとつ名所がある。郵便貯金局のすぐ先なので、是非立ち寄ってほしいのだが、映画『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』のロケ地だ。18年がかりで完成されたこの映画の出発点が撮影された場所である。出会った2人が仲むつまじく歩き始める冒頭のシーン、「演劇に誘われた橋」と言えば、映画をご覧になられた方はピンとくるだろう。この橋を起点に中年夫婦に至るまでの18年間が始まるのだから、三部作の中でも思い出深いシーンのひとつである。
この税関橋(Zollamtssteg)はウィーン川に架かり、その下には交差する形で鉄道橋の Zollamtsbrücke も架っている。映画では板張りだった橋床も今では舗装されている。
● ウィーンの美術館/博物館一口ガイド
・ ウィーン博物館(Wien Museum Karlsplatz / Wien Museum)
楽友協会の向かいにあるウィーン博物館はウィーンの歴史の博物館ではあるが、クリムトやシーレの作品がいくつかある。中でもクリムトの描いた「ブルク劇場の観客席」は興味深い。俯瞰して観ると粒のような観客の顔に細かく表情までつけてある。
館内は歴史を学ぶ子供以外、見物人はおらず閑散としている。しかし、ウィーンの発展史がわかる巨大なジオラマも見応えがあるし、絵画も少ないながらも逸品が揃っていた。
・ 分離派会館(Secessionsgebäude)
分離派会館の地下には別の場所から移設されたクリムトの壁画があるのだが、壁画一部屋だけで、けっこうなお値段をとられる。絵画に興味なければ、建物を一周するだけで充分。建物裏手や造形の詳細を見るだけでも中の展示並に楽しめる。
・ 造形美術アカデミー絵画館(Gemäldegalerie der Akademie der bildenden Künste)
分離派会館のすぐ裏手にある造形美術アカデミー絵画館は美術好きなら必見。旅行ガイドだけに頼ると美術史美術館だけ見てスルーとなってしまうので要注意である。ここにはヒエロニムス・ボスの「最後の審判」やクラナッハやルーベンスのテーマや切り口が面白い絵が揃っている。尚、こちらは撮影料金を支払えば作品の撮影が可能となる。
・ レオポルト美術館(Leopold Museum)/ 近代美術館(mumok – Museum moderner Kunst Stiftung Ludwig Wien)
ミュージアム・クォーター・ウィーンという博物館の集積地が新たにでき、その中のひとつがレオポルト美術館(Leopold Museum)。ここもウィーン分離派が集められており、中でもシーレの作品が出色であった。そして、その向かいには近代美術館(mumok)ポップアートからピカソあたりまでを収蔵しており、デルヴォーの秀作が見られたのが嬉しかった。
・ アルベルティーナ美術館(Albertina)
素描の収蔵が多く、印象派の収蔵も多い。建物の外見ほど館内は広くなく、思いもかけず早く見終わってしった。印象派が多いせいか観光客も多く、ウィーンの美術館で最も混雑していた。
・ 美術史美術館(Kunsthistorisches Museum Wien)
嬉しいことにベラスケスの特別展をやっている。内容は充実の一言、プラド美術館がよく貸したと思うような大作や欧米から集めた逸品が盛り沢山、美術史美術館所蔵の作品と織り交ぜてテーマ毎に4部屋の展示スペースを設けていた。「ドン・カルロス」、「鏡を見るヴィーナス」、「マルガリータ」の各時代が多数と、息をのむラインナップで、これだけを観に足を運んでも十分価値がある。
そして、常設展はやはりブリューゲル。特に一枚の絵に構図を崩さず子供の遊びを網羅した「子供の遊戯」、その横は人物は無表情な筆致でありながら残忍さがヒシヒシ伝わってくる「ベツレヘムの嬰児虐殺」。細部を細かく眺めていると時間を忘れるようだ。
フェルメールの前には観賞用の椅子がある。あまりに人がいないのでフェルメールをむこうに休憩時間をとってしまった。それくらい人が来ない。フェルメールを独占する気分を味わうことができる。他にもカラバッジョなど盛り沢山の名画揃いの美術館で滞在時間をたっぷり取りたい。
・ ベルヴェデーレ宮殿 オーストリア ギャラリー(Österreichische Galerie Belvedere)
クリムト、シーレの主要作品はここに集まっている。ただし、彼等の作品は市内の美術館に分散しているので、作品数は思いのほか少ない。お気に入りのエゴン・シーレの「4本の木」はしっかり鎮座していた。
・ ウィーン自然史博物館(Naturhistorisches Museum Wien)
美術史美術館の向かいにあり、剥製と骨格標本の展示が中心、海のない国なので魚類の剥製や標本が多いような気がした。博物館好きなら一見の価値があるが、そうでない方にはお薦めするほどではない。
・ オーストリア応用美術館 (MAK – Museum für angewandte Kunst)
美術品、工芸品、家具、建築をテーマにした博物館でユーゲントシュティールを軸とした展示が多く、この時代が好きな人は必見。展示品を納める建物もその内装も立派でセンスのよさを感じる。白眉だったのは椅子の展示方法、なんとライトアップを工夫して通路に影絵を映し出して見せている。確かにシルエットであるとフォルムがよくわかるし、微妙に椅子の柔らかいラインが強調されて、その通路を歩くだけでワクワクした。