前回からの続き。ベルリンでオートバイをレンタルし、いよいよ旧東ドイツ(DDR)圏のロングツーリングに出かける。今回の旅のメインテーマは後世のモダン・デザインに大きな影響を与えたバウハウスの史跡巡り。そこでバウハウス建築のホテル目指し、途中のザーレ・ウンストール(Saale-Unstrut)にあるザーレ=ウンシュトルート・ワイン街道沿いのワイナリーを巡りながら、美しいドイツ中部の自然を堪能する。
● Googleのストリートビューが使えないドイツでダイナミックな景色を楽しむ方法
● 風光明媚なザーレ=ウンシュトルート・ワイン街道はバイクツーリングに最適
● カール大帝制定のワイナリー向けの面白い法律
● ベーゼンで食事はかなわなかったが、魅力的な定食屋の女主人に出会う
本日の行程、ベルリンを出発してA9、A38と高速道路を乗り継ぎ、ライプツィヒ(Leipzig)の南西ナウムブルク(Naumburg)近辺のザーレ・ウンストールのワイナリーをオートバイで流す。再び高速A9でトリップティス(Triptis)近辺まで、そこから281号線でバウハウス建築のホテル「Haus des Volkes」に向かう。
● Googleのストリートビューが使えないドイツでダイナミックな景色を楽しむ方法
レンタルバイクショップで貸与してくれたバックをしっかり後部座席にくくりつけて出発
レンタルしたHONDA CB500は、アウトバーン(Autobahn)を走るにはいささか非力だけど扱いやすいオートバイ。
ドイツのツーリングでちょっと難儀したことがある。それはツーリングのルート決め。なんとGoogleのストリートビューがドイツ国内に対応していないのだ。そう言えば以前、個人情報の絡みでドイツはストリートビューに反対したという記事を読んだことがある。
目的地への数多(あまた)あるルートの中で、どのルートの景色がよさそうか、ストリートビューでいつも事前にチェックをしている。例えば、尾根道なのに両サイドが林で景色が全く見えないなんて道もあるからだ。
ドイツは道路事情が良い国なので極端な心配はしていなかったが、これまでの旅では現地を走ってみると道路が舗装されておらず、林道で砂利道やダートだった、なんていうことがたびたびあった。長い区間、悪路が続くとバイクには案配が悪い。ストリートビューでチェックした路面次第では、レンタルする車種を変更したりもする。レンタル車種を選択する際にも、ストリートビューはけっこう役に立つのだ。
● 風光明媚なザーレ=ウンシュトルート・ワイン街道はバイクツーリングに最適
そんな事情なので、今回は昔ながらの方法で地形図を見て、起伏が多いところ、そしてワイナリーが集中しているところを選んだ。ブドウ畑は丘陵地帯にあるので、必然的にワイナリーのある場所は起伏に富んだルートとなる。地形が起伏に富んでいると、当然高台もあり景色がよく、またカーブも適度にあって、バイクの場合は走っていてとにかく楽しい。ワインの産地をコースに選んだのは大正解だったようで、ダイナミックな景色を楽しめた。
ドイツは風力発電が多い。風車の下に行くとその大きさに気圧される。対向車にバイクが写っているが、やはり欧州はバイク乗りがまだまだ多い。ちなみに挨拶の仕方は左手を斜め下に出すのが流儀のようで、50%くらいの確率で挨拶しあう。
今回ダート道に出会うことはほとんどなかったが、使っているGPSがポンコツなのですぐに農道やら間道に誘導されてしまう。そして、古い石畳の道が田舎には多く、オートバイには天敵。古い石畳はところどころ尖った石も突き出しており、ガツンガツンと車体に衝撃がくるので、ゆっくり走る。ただ、こういう道にこそ地元の方の日常や面白い場面に出くわすことがある。
ラウハ・アン・デア・ウンストルート(Laucha an der Unstrut)という古い町に着く。川向こうから眺めると遠目にあるのは水車小屋ようだ。町中に入るとMühle通りとあるので、製粉所なのかもしれない。町の中央には1563年に完成した立派な市庁舎(Rathaus Laucha)がある。
● カール大帝制定のワイナリー向けの面白い法律
ドイツにはワイナリー向けの面白い法律がある。カール大帝が制定したそうなので1000年以上前からの法律なのだが、ワイナリーは自社で作ったワインだけを提供するのであれば4カ月間だけ居酒屋を経営してよい、という内容だ。居酒屋開業の期間には玄関に花輪や箒(ほうき)を飾るというルールになっており、正式にはシュトラウスヴィルトシャフト(Strausswirtschaft)とかベーゼンヴィルトシャフト(Besenwirtschaft)と言うらしい。この居酒屋期間には店先に箒を飾る習慣があることからベーゼン(箒)で通じる。
さらにこの法律、ドイツらしく細かく規定されていておかしい。ワイナリーが自家製ワインを提供できる場所(あるいはワイナリーが居酒屋を営業できる場所)は、自分の敷地内に限られている。つまり宿泊施設や付近の食堂を借りるのはNGで、必然的にワイナリー内の納屋とか地下のワインセラーが使われる。
席数は40席まで。ただし、あくまでそれは物理的な席数の話で、立ち飲みであれば人数制限はなし。ワイン以外のアルコールを供することはNG(自家製リキュールは除く)。手の込んだ料理も出してはいけない。必然的に素朴な田舎の郷土料理になるが、これが美味しいようだ。ワイナリーの中に入れて、地元のチーズやソーセージ、煮込み料理やパイを安く食べることができるのはなんとも魅力的である。
ベーゼン期間は年に4カ月とのことで、残念ながら訪問時は時期と外れていた。訪れたザーレ=ウンシュトルート・ワイン街道ではたくさんのワイナリーを通ったので、ベーゼン期間はさぞや賑やかなことであろう。この辺りはヨーロッパ最北のワイン産地らしく、特に旧東ドイツ時代は数少ない自国内のワイン産地だった。共産国時代はともかく、最近は品種改良が進み相当評価の高いワインらしい。
● ベーゼンで食事はかなわなかったが、魅力的な定食屋の女主人に出会う
さて、ツーリングのほうだが、シーズンオフの為、道は空いているが、ベーゼンどころかレストランひとつ開いていない。そこで、ランチはバイクで通りかかったあずま屋のような旅館兼定食屋に入った。
宿も定食屋もお歳を相応にめされたご婦人が一人で切り盛りしている様子。いくつかのテーブルの注文を一度にとるとキッチンにひっこみ、しばらくしたら全員分の料理を携えて登場した。
シュニッツェルをいただいたが、料理の味は普通ながら、この定食屋の女主人がたいそう魅力的であった。食事後、他のお客さんそっちのけで来客名簿のようなアルバムを私に見せてくださる。私がドイツ語を解せないのは理解していると思われるも、横に座られてドイツ語でずっと語りかけてこられる。そして、分厚いアルバムを1ページ1ページを解説していただき、ご自分の写真がでてくるとうれしそうに、声がはずむ。
話の中身はよくわからなかったが、女主人のやわらかいドイツ語が心地よくて、半時ほどだったか、ほんわかとした気持ちで、しばらくうなずきながら聞きいっていた。
そして、最後はなんとなく別れを惜しむような雰囲気に。うわさに聞いていた旧東ドイツの素朴さと優しさに触れたひとときであった。ベーゼンを体験できなかったのは残念であったが、こんな交流ができたのなら、それも帳消しである。(次回に続く)