前回からの続き。ベルリンでオートバイをレンタルし、旧東ドイツ(DDR)圏のロングツーリングを終え、いよいよバイクの返却日。返却前にドイツ空軍博物館(Luftwaffenmuseum Flugplatz Gatow)とポツダムのサンスーシ宮殿(Schloss Sanssouci)の絵画館で カラヴァジョ (Caravaggio)を見に。バイク返却後はノイケルン (Neukölln)地区でトルコご飯を楽しむ。
● とにかく広大なドイツ空軍博物館、見所も満載
● ドイツ空軍博物館の屋内展示
● サンスーシ宮殿へカラヴァッジョの絵画を見に行く
● 世話になったオートバイを返却し、トルコ人の市場にくり出す
● とにかく広大なドイツ空軍博物館、見所も満載
開館時間にあわせて、朝からドイツ空軍博物館(Luftwaffenmuseum Flugplatz Gatow)へ。ここはベルリンの西部の旧ガトゥ空軍基地にあり、市内からは20kmほど。とても不便なところにあり、バスと徒歩で行かなくてはならず、時間も相当かかる。一方、オートバイで向かうと閑静なベルリン郊外の街並みを眺めながら、あっという間に到着した。博物館は滑走路途中に点在するハンガー(格納庫)を流用しており、無駄に広く端から端まで移動するだけで数キロ歩くことになる。しかし、この広い敷地を活用して東側(旧共産圏)、西側双方の旧型機がたくさんあって飛行機好きにはたまらない。この博物館のネットなど事前情報は少ないが、各国の航空博物館と比べても遜色なく屋外展示を含めると最大規模の航空博物館と言える。
到着して驚いたことは敷地が広大すぎること。ル・ブルジェ空港に併設されたル・ブルジェ航空宇宙博物館も同様だったが、空港そのものが博物館になっており、滑走路にはおびただしい数の飛行機が展示され、更には、かつてのハンガー(格納庫)が屋内展示場となっている。つまり、この博物館を見て回るにはかつての滑走路を端から端まで歩かなくてはならない。軽く数キロ歩くことになりそう、と到着した時に気がついた。
ドイツには東西統一の歴史があり、その統一前の共産圏時代の機体(旧東ドイツの機体)も多く展示されている。こちらは映画によく登場するソ連製のヘリコプター Mill Mi-24D Hind(ミル24 ハインド)、アメリカ兵からその面構えからドーナツという呼称だったMiG-21(ミグ21)なども展示されている。
Fairey Gannet A.S.4 (フェアリー ガネット)英国機でドイツ海軍にて使用されていた対潜哨戒機。逆ガルウィングの翼に、二重反転プロペラで、ターボプロップエンジンが実は2基搭載されている。それ故に片肺飛行が可能という独特の機体。
ハンガー7と言う滑走路反対側の格納庫へ行く途中は地対空ミサイルなどの戦闘車両が放置に近い形で展示してあった。航空博物館にしては珍しい展示であり興味深い。地対空ミサイルというのは、近代戦において航空機を王者の座から引きずり降ろした兵器である。これによって高高度の戦闘を危うくし、近現代戦は様変わりした。
● ドイツ空軍博物館の屋内展示
ハンガー7の屋内はドイツ連邦空軍の歴史、戦後処理展示やMiG-29G Fulcrum(ミグ29G フルクラム)など近代機が中心。ロシア製のMiG-29はドイツ統一後に西側空軍機に混じってしばらく使用されていたらしい。
そして広い敷地の中心にあるタワービル(管制塔)の展示ビルに入る。ここは軍事航空の歴史で資料やユニフォームが中心に展示してある。
まずはエニグマ暗号機。あれだけ連合軍を困らせ、ドイツ軍から奪おうと必死だった暗号機は、今ではいろいろな博物館で見ることができる。
そして、冷戦時代の展示は部屋の真ん中に線を引き、西ドイツと東ドイツの比較をして対照に展示している。
例えば軍事系のおもちゃでは、東側は西側に比べて若干ショボい…
そして、BMWの最初の航空機用エンジンであるBMW IIIa。BMWはそもそも自動車の会社ではなく、航空機エンジンの製造会社で、後にオートバイ、その次に自動車をつくることになる。つまり、航空機エンジンの製造で始まった会社。その証拠にエンブレムの青と白の円と十字は空に羽ばたくプロペラを表ている。ショーン・コネリー主役の映画『小説家を見つけたら』(Finding Forrester)を観た方ならご存じのはず。
このBMW IIIaは水冷直列6気筒で1917年に初飛行に成功する。その後、連合国軍機に対しては連戦連勝の優秀エンジンだった。
そして、滑走路の先の一番奥のハンガー3へ。ここは第一次、第二次両大戦機を中心に展示してある。
ここで目をひいたのが、ワルター/ヴァルター機関(Walter-Antrieb)と呼ばれるロケットエンジンHWK 109-509。搭載されていたロケット戦闘機 Me 163B Komet(メッサーシュミット Me 163 コメート) とあわせて展示してある。このエンジンを見たのは初めてのことで、エンジンをしっかりみせてくれるのが、エンジンマニアとして嬉しい。ロケットエンジンはジェットエンジンと異なり外部の空気を吸入圧縮する必要がない。それ故にタービンもなく小型かつ推力も高い。Me163Bは最高速度960km/h、高度1万mまで3分で上昇するという。
その他に複葉機も多数展示してあり、レプリカながらFokker Dr.I(フォッカー Dr.I)をリヒトホーフェン(Manfred Freiherr von Richthofen)のレッド・バロンカラーにしたものがあった。
これでドイツ空軍博物館の見学は終わり、帰りは博物館の最奥地から滑走路をとぼとぼ歩いて戻る。ハンガーを流用しているのだから仕方ないが、ここまで展示室が分散するのはかなわない笑。
● サンスーシ宮殿へカラヴァッジョの絵画を見に行く
20kmほど南下してサンスーシ宮殿(Schloss Sanssouci)へ。なんとなくライフワークになってしまったカラヴァッジョを探訪しに、著名な一点を拝みにいく。こちらはベルリンから40km程度、途中は田園風景、森林を抜けバイクで来るにもってこいの場所である。
サンスーシ公園では歩道の迷惑ではないところにオートバイを停める。入口そばの他のバイカーに習って駐車した。そして、サンスーシ公園を観光客の皆さんの後をついて歩くと突然、例の宮殿が目に入る。
まずは宮殿の見学チケットを購入。チケットに入場時間が書いてあり1時間待ちだった。その待ち時間中に宮殿隣にあるサンスーシ絵画館(Picture Gallery in Sanssouci Park)へ。ここはプロイセン初の絵画用の美術館でもある。フリードリッヒ大王が集めたフランドル派の絵画を中心に貴重な絵画が豪華な室内に展示されている。美術ファンならベルリンの絵画館に加えて見ておきたい美術館でもある。絵画の展示は宮殿などにありがちな、パズルのように壁を覆う展示方法。ちなみに カラヴァジョ は特別に照明が当てられており、この照明の光が強すぎて絵が平板になってしまっていた。有料で絵画の写真撮影も可能となるが、この照明の光が画に反射しているので撮影には向かない。
時間になったのでサンスーシ宮殿を見学。ロココ建築は好きなのだが、現代に生きる自分には豊穣、華美すぎて目に眩しい。この宮殿を建てたフリードリヒ大王は今、サンスーシ宮殿前に眠っている。彼の亡骸は第二次大戦末期ベルリン陥落直前にドイツ人将校が救い出した。しかし、隠した場所が悪い、なんと旧東ドイツのソ連占領下のチューリンゲンの森。今度はアメリカ軍がそれを奪い返すことになった。この流転の後にフリードリッヒ大王の亡骸は父の亡骸と共にサンスーシ宮殿にたどり着いた。
サンスーシ宮殿を見学し終えて、せっかくなので反対側にある新宮殿(Neues Palais)も見に行く。2km以上本殿から離れていているのでバイクで公園外周をまわって向かった。こちらはバロック建築で200mの威容を誇る。残念ながら休館で中には入れなかった。
そもそもポツダムは3日くらい滞在してノンビリ見学したほうがよさそうな地である、とあちこちの建物や広くのどかな風景から痛感。この新宮殿の向かいにはポツダム大学(Universität Potsdam)があり、少し離れたところにはポツダム会談が開かれたツェツィーリエンホーフ宮殿もある。ポツダムを散策するのであれば、毎日この広い庭園を散歩したりサイクリングしたりするのが正しい滞在方法かもしれない。
● 世話になったオートバイを返却し、トルコ人の市場にくり出す
ポツダムを離れると長かったドイツツーリングも終わり。首都高のようなアウトバーンで一路ベルリンのバイクショップへ向かいオートバイを返却する。短期間とは言え、いつもレンタルしたバイクを返すときはちょっと名残惜しい。異国の地で慣れない運転の中、バイクもだんだん身体にフィットしてきて、馴染み始めた頃にお別れとなるのがなんとも残念なのだ。
レンタルバイク店のある辺りはノイケルン (Neukölln)地区と言い、いささかざわつく雰囲気でトルコ人など移民地区でもある。手頃なトルコ料理店があったので、こちらで食事とした。薄めのトーストにたっぷりの野菜とこんがり焼いたチキンがほぐして入っている。ついでに、目の前の煮込みも頼んだら「これでお腹一杯になるからやめとけ、また来い」と(トルコ語なので詳細不明ながらそんな感じ)。ブレードランナーのワンシーンを思い出した。
店を出てしばらく歩くとトルコ人の市場やアラブの市場がたっており、たいした賑わいである。価格も安いし、これは楽しい。呼び込みの声もけたたましく活気がある、買っているのはドイツ人も半分くらいいる様子。