クラシック音楽好きにとって夏場に気になるのはやはりロンドンでおこなわれるBBCプロムス(The Proms)とワーグナーの音楽祭であるバイロイト音楽祭(Bayreuther Festspiele)。
今回は2017年のBBCプロムス最終夜(Last Night of the Proms)の様子とロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall of Arts and Sciences)について
●映画「ブラス」の舞台となったロイヤル・アルバート・ホール
BBCプロムスの会場、ロイヤル・アルバート・ホールと言えば、映画『ブラス』(Brassed Off)である。舞台は田舎の炭鉱町、炭鉱夫たちで構成されるブラスバンドが炭鉱の閉山と共に存続の危機に見舞われる。
サッチャー政権時代の苦難の時代。英国バブル崩壊のツケ払いの仕方が急速なものだから、バンドのメンバーたちのすさんだ生活は痛ましい限り。奥方に嫌みを言われながら練習に通っている有様で、当然、コンテストに参加する金もない。そんな環境でありながら、ブラスバンドのメンバーはコンテストで勝利を重ね、最終会場のロイヤル・アルバート・ホールを目指して、というお話。実話を基にしているだけに荒みっぷりもリアルで、その反面で浮かび上がる音楽の素晴らしさがにじみ出てくる名作映画だ。
さて、この映画の顛末は見てのお楽しみとして、なにしろ出演している役者陣が素晴らしい。若かりし頃のユアン・マクレガー含め、BBCのドラマ『ダウントン・アビー』に出てくるカーソンやデンカーの姿も。ダウントン・アビーファンにもお勧めである。そして、舞台となるロイヤル・アルバート・ホールは、格式はあるし、あの広いホールで管楽器を鳴らしたら、さぞや気持のよいことだろう、と想像させる。
●プロムス最終日、ロイヤル・アルバート・ホールの周囲でもお祭り状態、最終日も当日券入手可能
ロイヤル・アルバート・ホールの外壁は周囲をぐるっと歩けるようになっており、正面のファザード前もとてもゆったりしている。また、お隣はハイド・パーク(Hyde Park)の野原が拡がっているのなのだから環境も抜群。プロムス最終日では開演前から入場を待つ人、当日券の整理で並ぶ人の列ができ、その周囲もお祭り気分で並んでいても飽きない。
プロムスは最終日でも当日券が用意されているし、多くの人と野外でわいわい楽しむハイドパーク(入場制限なし)のチケットもある。しかもプロムス最終日は一番の鑑賞場所であるアリーナチケット(立ち見)を狙って朝から当日券に並ぶことも可能で、最近は整理券も配布されている。このアリーナ席の選択は周囲とイベントを盛上げる係でもあるのでベスト中のベストなのだが、最終日は英国人のプロマーと呼ばれるプロムスマニアも狙っているので、熾烈なチケット争いと長い行列になる覚悟は必要だ。
この年は朝から並んだ人に聞くと、最近制度がいろいろ変わって昼前に整理券をもらえた、とのこと。整理券をもらった人は指定の時間である17時に再度番号順に並ぶことになる。入場できるかどうかは神のみぞ知るだが、早朝から並べばほぼ入場できるようだった。
賑やかなホール外の喧噪を通り抜け、ホールの内部に入ってみるとホールが大きい為か、人はまばらで落ち着いた雰囲気。1871年に建てられただけあって、建物のしつらえは立派だ。
●ロイヤル・アルバート・ホールの音響
初めてロイヤル・アルバート・ホールの音響を耳にした感想であるが、やはり想像に難くない。あの大箱過ぎる大箱である、音が薄まって迫力がない。実際、録音を聴いていても褒められた音響に出会えたことはないが正にそのままの感じだ。当日の生の演奏よりも録画したYouTubeで聴く方が、エネルギーが伝わってしまうのもどうかと思う(笑)。
ただ、それは音楽演奏についての話。祝祭空間としてロイヤル・アルバート・ホールの存在感、5000人余りの観客収容という巨大空間と天井高たっぷりの円形ホールはお祭り気分を味わうには最適だった。見渡しがよく、気分がよい。歓声も響き渡るので奏者達も気分がよいだろう。
どうやらロイヤル・アルバート・ホールは、コンサートホールというよりもお祭りイベントホールと思ったほうがよさそうだ。
音響はともかくながら、お祭り会場としては最高なのである。
ロイヤル・アルバート・ホール の中央天井は当初、ガラス天井でエコーがひどかったらしい。そこでアルミニウムパネルで覆ったが、あまり効果はなかったと言う。そして現在はグラスファイバー製の音を拡散させる球形のモジュールが吊下げられている。
やはり、プロムス最終日を体験するならアリーナなのである。偶然とは言えアップグレードできた自分も、アリーナで英国人やプロマーたちと旗を振りながら歌い、楽しむ観客を目の前にして羨ましくもあった。
●2017年BBCプロムス最終夜の演目とその様子
今回のプロムス最終夜の演目であるが、前半は現代曲まであり、真面目度高い演目。指揮者のオラモさんがフィンランド出身なので、シベリウス作の愛国的な曲であるフィンランディアが入っていた。ただですら英国万歳の愛国的イベントの様相なのに、更なる国家万歳の特盛感がでていた。
メインの歌手はニーナ・ステンメ (Nina Stemme)。技巧が素晴らしく、歌に説得力がある。 歌われたイゾルデはとてもよかった。 ただ、 ワグナー歌いにしてはいささか声量が足りない印象があったが、 これはホールの音響によるものかもしれない。また、後半でクルト・ワイルのスラバヤ・ジョニー( Surabaya Johnny )がプログラムされていたが、こちらも情感豊かで、聴き所が多く楽しめる。
後半は、定番の「ルール・ブリタニア」、「希望と栄光の国」「ゴッド・セーヴ・ザ・クイーン(キング)」、そして隣の人と手をつなぎ「Auld Lang Syne(蛍の光)」と一連の流れ。
聴衆もノリノリで演奏に華を添える。国々の旗を振ながら絶妙のタイミングで音の鳴る風船を飛ばしたり、クラッカーを鳴らしたり、この辺は常連故のなせる技で、演奏の邪魔にならぬギリギリの間合いが絶妙である。
いずれにせよ、聴衆と一体となったコンサートイベントは、身体が熱気に包まれ、感動的である。お隣のハイドパークでも ロイヤル・アルバート・ホールと連携した野外ステージがあり、更にはウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各地でも同時中継する野外イベントがおこなわれている。それが各地の地場の音楽と共に会場に流れたりもするので、ご当地ソングや映像なども胸に迫ってくるものがあって、イベントとしての完成度はとても高い。(次回に続く)
<演目詳細>
Saturday 9 September 2017 Doors: 5:45pm Starts: 7:15pm Ends (approximately): 10:30pm
BBC PROMS PRESENTS
PROM 75: LAST NIGHT OF THE PROMS
Lotta Wennäkoski Flounce c5 BBC commission: world premiere
Kodály Budavári Te Deum 21
Sargent An Impression on a Windy Day 7
Sibelius Finlandia (choral version) 8
Wagner Tristan and Isolde – Prelude and Liebestod 17
(interval)
John Adams Lola Montez Does the Spider Dance 5 London premiere
Songs by Weill and Gershwin 15
arr. Wood Fantasia on British Sea-Songs 18’
Arne, arr. Sargent Rule, Britannia! 5’
Elgar Pomp and Circumstance March No. 1 in D major (‘Land of Hope and Glory’) 8’
Parry, orch. Elgar Jerusalem 3’
Unknown, arr. Bliss The National Anthem 3’
Trad., arr. Thorpe Davie Auld Lang Syne 2’
Nina Stemme soprano
Lucy Crowe soprano
Christine Rice mezzo-soprano
Ben Johnson tenor
John Relyea bass
BBC Singers
BBC Symphony Chorus
BBC Symphony Orchestra
Sakari Oramo conductor