自分が最も好きなホールのひとつがライプツィヒのゲヴァントハウス(Gewandhaus zu Leipzig)である。ヴィンヤード型(ワインヤード型)と言われるステージの周りを客席が囲んでいるコンサートホールの中では、稀にみる素晴らしい音響だと思っている。
● 2種類のコンサートホールの形状、 シューボックス型とヴィンヤード型
● 音楽都市ライプツィヒ
● ゲバントハウスのホールの変遷
-初代ゲヴァントハウス(1781年)
-2代目ゲヴァントハウス(1884年)
-3代目ゲヴァントハウス(1981年)
● 現在の3代目ゲヴァントハウスは、他のヴィンヤード型ホールに比べて、とてもユニーク
● 初めてのゲヴァントハウス体験-シャイー/ゲヴァントハウス管弦楽団
● ゲヴァントハウス再訪-ネルソンス/ボストン交響楽団
● オペラと掛け持ちで聴いた3度目ゲヴァントハウス体験
● 2種類のコンサートホールの形状、 シューボックス型とヴィンヤード型
コンサートホールというのは2つの形状があり、ひとつはシューボックス型、もうひとつはヴィンヤード型と言われている。シューボックス型は長方形の箱形でウィーンフィルや東京ではオーチャードホールが代表的。シューボックス型のコンサートホールはシンプルな長方形で、だから「靴箱」と言われる。シンプルな構造で音響の悪いホールは基本的にない。
もう一方のヴィンヤード型は先の通りステージを中心に葡萄棚のように客席が取り囲んでいるもの。ヴィンヤード型のコンサートホールは収容人数が多く、ステージを取り囲んでいるので視認性もよい。それ故最近の大ホールはこのヴィンヤード型のホールが多い。ただ、その一方音響設計が難しく、改修作業を重ねて理想に近づける努力をしているホールも多い。日本で言えば、一番顕著なのは池袋の芸術劇場のホールである。最初の音響はお世辞にも良いとは言えなかったが、2012年の改修で劇的に改善した。
● 音楽都市ライプツィヒ
そのヴィンヤード型のコンサートホールとして一番のお気に入りはライプツィヒ・ゲヴァントハウス。場所は名前の通りドイツのライプツィヒ。ライプツィヒはなんと言ってもバッハゆかりの地で、彼がオルガン奏者をしていたトーマス教会(ワーグナーが洗礼を受けたところでもある)があるところで有名だ。そしてワーグナーの生誕地でもある。
ライプツィヒの中央の広場にある旧市庁舎はライプツィヒの歴史博物館(Old Town Hall – Stadtgeschichtliches Museum Leipzig)になっており、ここにはルートヴィヒ2世がワーグナー54歳の誕生日にプレゼントしたピアノがある。ワーグナーが、ピアノを弾きながら作曲ができるように机がついてるのが面白い。プレゼントしたのも「予を楽しませる為の曲を作れ」ということなのだろう(笑)。
その他にもシューマンやメンデルスゾーンなどが関係が深く、音楽好きにはたまらない都市なのだが、ここはかつて旧東ドイツ領であり、その昔は気軽に行けるところではなかった。今回訪問した時は、恋い焦がれつつ20年以上待っての訪問となった。ライプツィヒは旧東ドイツ圏内ではベルリンに次ぐ規模、ドレスデンよりも人口が多い。賑やかで文化的な街並みは、歩くだけで心が弾む。
● ゲバントハウスのホールの変遷
ドイツ内でも昔から文化の中心地だった都市ライプツィヒ、その歴史ある都市で市民によってつくられたオーケストラがゲヴァントハウス管弦楽団である。先のライプツィヒ・ゲヴァントハウスは彼らの本拠地のホールである。現在のホールは3代目、その変遷がホールに展示してある模型でわかる。
1. 初代ゲヴァントハウス(1781年)
ゲヴァントハウスの言葉の意味通り「織物会館」、織物倉庫の中に作られたホールだった。
2. 2代目ゲヴァントハウス(1884年)
2代目はコンサートホール専用の建物として建てられ、内装などもしっかりしている様子が模型から見て取れる。音響に優れたホールだったようだが、大戦中の空襲で焼失した。
3. 3代目ゲヴァントハウス(1981年)
当時の音楽監督クルト・マズア(Kurt Masur)が旧東ドイツのトップであるホーネッカーに直接かけあって、国家の威信をかけて創った最新鋭のホールである。設計にはマズアも深く関わった。
● 現在の3代目ゲヴァントハウスは、他のヴィンヤード型ホールに比べて、とてもユニーク
ホールに入って目に飛び込むのは、正面に鎮座する最大級のパイプオルガン。見事すぎるこのオルガンの外観は、オルガンにとっては災難のあった都市ライプツィヒにおいて皮肉でもある。かつて ライプツィヒ大学には見事なオルガンがあった。しかし、東ドイツ時代、つまり社会主義政権下において、大学に教会があるのはおかしいという話になり、ライプツィヒ大学内のパウリナ教会ごと由緒あるオルガンを破壊してしまった。現在、バッハがオルガン奏者をしていたトーマス教会にある2つのオルガンの内、モダンな外見のほうはこの壊されたオルガンを模してつくられている。
そして、他のヴィンヤード型ホールと異なり、ステージ上に反射板がなく、 反射板のようなフォルムのパネルが天井全面を覆うようにが並んでいる。
そして、驚くのが側面全面が黒光りしていることだ。これは独特の形状の音響拡散モジュールが設置されいる為である。
また、バルコニー席前面の白い壁が様々な角度をなしている。これが先の音響拡散モジュールと共にホール全体に初期反射音を供給している。
また、最近のホールでは見られない、ふかふか座面の椅子がある。吸音効果が高すぎるので、こういう座面は最近あまり採用されないようだが、座り心地はよい。座面を意識しないと言うことは常に満席を意図して設置されたのかもしれない(笑)。
総じて感じるのは、今風の各座席ひとつひとつに正確に反射音を供給しようをする設計ではなく、ホール全体に反射音を行き渡せることを重視した設計となっていることだ。これが自分がこのホールを好んでいる理由だと思う。
1階最前列で聴いた際には当然ながらオーケストラの直接音が過ぎる気がしたが、それでもホール全体に満ちた音が感じられ心地よかった。一方、オーケストラから離れた席では、まさしくホールも演奏しているような気にさせられる。極上のシューボックス型ホールの良席をホール全体に供給しているような感じなのだ。
● 初めてのゲヴァントハウス体験-シャイー/ゲヴァントハウス管弦楽団
ゲヴァントハウスでは3度コンサートを聴いている。最初に聴いた時、その音響のすばらしさに驚き再訪した為、3度となった。しかも3度目はオペラの1幕目を断念して掛け持ち公演(笑)、短い滞在期間でもどうしてもめいっぱいホールを堪能したかった為だ。
最初にホールの印象をしたためたメモにはこうある。
–天に昇った音が周囲から自分の身をくるむように音が響く。この体験はアムステルダムのコンセルトヘボウ以来。ワインヤード式のホールではベストではないか。ベルリンやミュンヘンのガスタイクは言うに及ばず、サントリーホールでも天井からの直接音が気になる。されどこのホール、他のワインヤード式でみられる天井の反響板もないのに、たいそう音がナチュラルに響く。再訪したいホールである。–
この時の演目はリッカルド・シャイーによるオールR.シュトラウス。この年はR.シュトラウスの生誕150周年で音楽祭がお隣のドレスデンで開催されており、一昨日に、この組み合わせでの演奏を聴いたばかりだった。
最初の演目のドン・キホーテは、羊の群れやら風車やら滑稽なこの曲を真っ向から対峙し、ダイナミックかつエネルギッシュに弾ききる。シャイーは本当に素晴らしかった。後半のマティアス・ゲルネによる声楽曲も流れるような彼の歌唱法を見事にサポート。ラストの「ティル」は一昨日よりも典雅な演奏、ホールの音響がそうさせるのか、シュトラウスの楽曲による芳醇な各楽器の音色を堪能した。
● ゲヴァントハウス再訪-ネルソンス/ボストン交響楽団
数年後再訪しての初っぱなネルソンス/ボストン響のマーラー3番。前回訪問時に、このホールはかなり音が良いのではないか、と思ったものの一夜かぎりのコンサートだったので、断定するのは乱暴かな、と思っての再訪。しかし、再度聴いてみるとやはり残響と音の広がり感がよく、自分にとってベストのホールであった。
演奏の感想をしたためたメモにはこうある。
–マーラー3番の演奏のほうは、ホルンが1人 第一楽章で度々音をはずし、ちょいと傷をつけていた。レクター博士がいたら食べられてしまうかもしれないような数多な小傷だが、中盤からは持ち直して一安心。夏休み開けだったので奏者も不調だったのかもしれない(笑)。
一方、ゲヴァントハウスの少年、女声合唱団には鳥肌がたった。柔らかな声にホールがふっくらした音で満ちる感じである。終楽章では、ネルソンスはゆっくりテンポでダイナミックに歌わせており、終演時に泣いている観客が数名いた。–
ちなみこの時、ちょっと面白いことがあり、こんなツィートをしていた。
ネルソンス/ボストン響のマーラー3番@ゲバントハウス
— ごーふぁー 🇵🇱🇨🇿🇩🇪 (@juntaniguchi) September 9, 2018
3楽章の舞台裏でトランペットのソロを終え
4楽章前に奏者がステージに戻ってくると
ブラボー!と一人の男性が叫ぶ
それに乗じて場内大拍手。
確かに素晴らしい朗々たるソロだった。
フラブラとは違い、こういう気の効いたブラボーはよいですねぇ。 pic.twitter.com/vFzgXB9nXx
● オペラと掛け持ちで聴いた3度目ゲヴァントハウス体験
そして、3回目のゲヴァントハウス体験はドボルザークのスターバト・マーテル。オーケストラとソリストはプロの方だが合唱500人余りがアマチュアという編成。もうその人数だけでホールは一大絵巻状態、ホール前面は奏者で埋め尽くされている。座席が最前列席だったので頭上から雨あられのように降り注ぐ声で最高のゲヴァントハウス体験となった。
そして、再確認できたのが、このホールの音響の良さ。どの席でも自然で豊かな音がすることがわかった。まだ、音がこなれていない新築エルプフィルの比べるのも酷だが、最新技術を駆使したホールと、威信をかけたとは言え旧東ドイツの当時の技術力によるホールで旧ホールに軍配があがるのが面白い。
ちなみに、この時は無理をしてでもオペラのほうも掛け持ち鑑賞してよかった。なにせライプツィヒ歌劇場はゲヴァントハウスの前の広場をはさんでの向かいで演目も「フィガロの結婚」。遅刻で3幕目から観よう思うも、なんと上演中にもかかわらず、スタッフの方が最上階の隠し部屋に通してくださる。おかげで2幕目「恋とはどんなものかしら」から聴くことができた。ここでもゲヴァントハウスメンバーによるオケが絶品で、オペラ演奏でのパーフェクトな演奏はウィーン以来であった。 (次回に続く)
<各日の演目詳細>
・初回
Richard Strauss
Don Quixote
Fantastische Variationen über ein Thema ritterlichen Charakters op. 35
-Pause-
Das Rosenband op. 36/1
Freundliche Vision op. 48/1
Ruhe, meine Seele op. 27/1
Morgen op. 27/4
Hymnus op. 33/3
Till Eulenspiegels lustige Streiche op. 28
Riccardo Chailly
Gewandhausorchester
Matthias Goerne, Bariton
Vincent Aucante, Viola
Jürnjakob Timm, Violoncello
・2回目
Boston Symphony Orchestra, Andris Nelsons
SEP 2018 20:00 UHR GROSSER SAA
Mahler Symphony No. 3 d-Moll
Boston Symphony Orchestra
Frauen des GewandhausChores
GewandhausKinderchor
Andris Nelsons Dirigent
Susan Graham Mezzosopran
・3回目
Antonín Dvořák — Stabat Mater
SEP 2018 17:00 UHR GROSSER SAA
Antonín Dvorák Stabat Mater
Leipziger Synagogalchor,
Kammerchor Josquin des Préz,
Anhaltische Philharmonie Dessau,
Viktorija Kaminskaite Sopran,
Inga Jäger Alt,
Falk Hoffmann Tenor,
Gun-Wook Lee Bass,
Ludwig Böhme Musikalische Leitung