スコットランドの魅力を、旅、酒、食、映画といった多様な切り口から紹介するシリーズの第4回。スカイ島、アイオナ島、スタファ島と巡り、いよいよアイラ島(Islay)に向かう。この島には複数のウイスキー蒸留所がある。ここで生産されたモルトウイスキーは通称「アイラモルト」と呼ばれ、世界的にも有名だ。アイラ島の旅ではお酒に加えて、幻想的な湖上の遺跡と、スコットランドでも特に見事と言われるケルトの十字架にも期待をしていた。
● 雨でも楽しいアイラ島内のドライブ
● アイラ島での最大の楽しみ、ウイスキー蒸留所巡り
● 神秘的なケルト十字架と対面する
● 幻想的な湖上の遺跡、フィンラガン
● 水割りの魅力に酔う
● スコッチウイスキーのたしなみ方を教えてくれる映画
● 雨でも楽しいアイラ島内のドライブ
5時に起床し前泊した港町ターバート(Tarbert)を発ち、ケナクレイグ(Kennacraig)のフェリー乗り場に向かう。陽はまだ昇らず暗い中であるが、フェリーにクルマごと乗り込む。そして、目指すはアイラ島のポート・エリン(Port Ellen)。フェリーに乗るのは何度目だろう。
乗船したフェリーは大きく設えも豪華であった。早朝にもかかわらずフェリーは混雑しており、朝食をとっている方も多い。
上陸したアイラ島はしとしとと雨模様。この旅の中でも朝から雨に見舞われるのは初めてだ。早速、港町ポート・エリンでホテルを探し、その日のねぐらを確保する。その後は島の中心のボウモアへ一路向かう。どうも前日から雨模様だったらしく、道のところどころ大きな水溜まりがあり、車は盛大に水しぶきをあげて快適とは言いがたい。しかし、荒野が拡がるこの島には、こんな曇天もよく似合うと考え直した。
実は、雨やこの気候こそがウイスキーを育む。それ故に、どちらの蒸留所でもスタッフの方々が笑顔で「今日はよい天気ね」と言っていた。
そう、この島では何もかもがウイスキー中心にまわっているのだ。ウイスキーの原酒の出荷は、巨大なタンクトレーラーで行われる。これが蒸留所と幹線道路をつなぐ何キロもの田舎道を行き来する。当然、田舎道では狭くて、トレーラーと一般車はすれ違うことはできないので、一般車が列をなして退避帯まで後退する。もう何もかもがウイスキー優先である。
蒸留所への最後のワンマイルは田舎道を更に狭くした農道のような道になることが多い。ブナハーブン蒸留所(Bunnahabhain Distillery)とカリラ蒸留所(Caol Ila Distillery)は特に細い道をしばらく走らなくてはならず、トレーラーと鉢合わせした時にはとても難儀した。
ただ、そんな道中もウィスキーのトレーラー以外とは行き合うことはない。のどかな田園や牧歌的な風景が小雨降る中続く。そんな細い道の途中、車を停めて牧場の馬を眺めていたら親子の馬が近寄ってきたのは印象的だった。
また、フェリーではたまたまウイスキーと関係がありそうなトレーラーと相乗りになった。トレーラーの積み荷は大麦のようだったので燻した後の麦かもしれない。また、大きなタンクを載せたトレーラーも島内ではよく見かけた。
アイラ島が掲載された雑誌などの記事を読んでいると、皆さん空路でこの島に向かうことが多いようだ。確かに、フェリーに乗っている間は特にすることもなくボンヤリしていることが多いし、飛行機と比べて、フェリーは乗り降りも煩雑だし時間もかかる。しかし、異国の地でこういった体験をしないのはもったいないとも思う。
フェリーの食堂で朝食をこぞって注文しブレックファーストを楽しむスコットランド人や、船の中で勉強している学生、遠出を楽しむ、もしくは楽しんだ島の人々をのんびり眺めながらの船上の2時間半は、なかなか楽しくぜいたくな時間であった。
また、エジンバラとヘブリティーズ諸島の往復路のドライブでは美しいスコットランドの景色を楽しむことができたし、実は飛行機と比べてもさほど時間は変わらない。スコットランドの雄大な景色を楽しめるフェリーとレンタカーの旅は、ぜひともお勧めである。
● アイラ島での最大の楽しみ、ウイスキー蒸留所巡り
アイラ島ではなんと言っても蒸留所巡りが大きな楽しみの一つだ。小さな島なので、クルマならほぼ1日で主要な蒸留所を訪問することができる。ただし蒸留所の見学ツアーに参加したい場合、人気の蒸留所は事前予約が必要だ。ツアーの開始時間が決まっており、定員制のところもあるからだ。せっかくなのでアイラモルトの製造過程は目にしておきたいところ。
ただ、ウイスキーの製造工程はどこも同じなので、ツアー参加は1つの蒸留所のみにして、あとは個人でなるべく多くの蒸留所を見学するほうがよいと思う。併設のショップは各社各様でここでしか入手できない一品もあるからだ。
私のお勧めはラガヴーリン蒸留所(Lagavulin Distillery)である。ポートエレン(Port Ellen)港を越えて島の南側へ行くと幹道上にある。
個人的にお気に入りの銘柄だということもあるが、それを差し引いても建物が何とも素敵な内装なのである。落ち着きがありながらも可愛らしく、いかにもスコットランドらしい佇まいである。ショップでは日本に輸出していないウイスキーを購入したが、季節外れの訪問だったためか、明るく親切なショップスタッフが値引きまでしてくれた。
● 神秘的なケルト十字架と対面する
ラガヴーリン蒸留所のさらに先、アイラ島の南端の一番奥にあるのがアードベッグ蒸留所(Ardbeg Distillery)。アードベッグとはゲール語で「小さい岬」を意味する。位置するところはまさしくちょっとした岬になっている。
ここまでたどり着いたら島の最奥地にあるキルダルトンクロス(Kildalton Cross)はもうすぐそこだ。スコットランドで1番とも言われる、保存状態がとてもよいケルト十字架を見ることができる。ちなみにアードベッグのロゴはこのキルダルトンクロスの紋様をモチーフにしている。キルダルトンクロスの中央にある鎖が連なって絡み合あう様を表現しており「永遠」の象徴だという。ブランディングとしても素晴らしい。
アードベッグ蒸留所の先には私有地のような細い道が続いている。海をかすめながら進むと古い教会跡地に出る。この敷地内にキルダルトンクロスはある。この辺りまで来ると、世界の果てのような孤高かつ厳かで神秘的な空間となる。ゲール語の「健康の水」を語源とするウイスキー、このかぐわしい飲み物をたしなんだ後にここを訪れると、ウイスキーと厳かなケルト文化が通底していることが実感できる。
● 幻想的な湖上の遺跡、フィンラガン
史跡と言えばアイラ島中部にあるフィンラガン湖(Finlaggan)にある古城跡も有名だ。湖畔に遺跡が立ち並ぶなんとも幻想的な風景であるのも興をそそられる。この城は島の領主によって13世紀に建てられ、島の中心に位置する要塞都市のようなものだったらしい。
石の桟橋や石畳の道で島は整備され、木製の柵で守られていた。そして、柵の中には20以上の建物があったと言う。チャペルに隣接する墓地からは石に彫刻を施した墓碑が多く発見されており、ガラス板を被されて展示されている。
原形をわずかに留めている遺跡は公共施設の大広間で、島の領主たちの宴会に使用されていたらしい。暖炉や台所があったこともわかっており、建物を装飾していた石細工などもここから発掘されている。
このフィンラガンの地名にちなんだウィスキーもある。ボウモアの関係者が立ち上げたブランドで、湖と古城がラベルに描かれている。
● 水割りの魅力に酔う
ウイスキー造りで肝心なのは水である。アイラ島の水は以前ご紹介したスカイ島のそれよりもさらに茶褐色だった。ボウモア蒸留所(Bowmore Distillery)での試飲では、スカイ島で宿泊したキンロッホ・ロッジと同じように、大きめの水差しがテーブルに置かれていた。水で割って飲むことも推奨しているのだ。
推奨されている通り、ウイスキーを水で割って飲んでみた。これが鮮烈であった。潮の香り、ほのかにピーティな水、そしてそれらをすべて溶け込ませたようなウイスキー。やはり土地の水で割ったウイスキーには、格別な香りと味わいがある。ウイスキーが薄まった印象はなく、むしろ相乗効果で香りも味わいもより引き立つ感じだ。
この時にいただいた水割りの魅力には抗いがたく、帰国後もウイスキーを飲む際にはスコットランドの水で割るようにしている。残念ながら手軽に入手できるのは、同じスコットランドでもスペイサイド(ハイランド地方)の水であるが、そこは仕方ない。とはいえ、くせのないスペイサイドの水は何にでも合うようだ。
● スコッチウイスキーのたしなみ方を教えてくれる映画
スコッチウイスキーを扱った映画で「天使の分け前」という作品がある。ウイスキーは樽で熟成している間に年に2%も蒸発してしまうらしい。この2%が天使の分け前(Angel’s share)である。
映画は一言で表現すれば不良青年の悪行と更生の物語なのだが、「天使の分け前」というタイトルにすべての出来事が収束していく仕掛けがウイスキーのようにかぐわしい。
この仕掛けゆえに犯罪物語ながら、鑑賞後は健やかな気分と得がたき満足感となる見事な職人芸を見せてくれる作品である。
この映画は映像も素敵だ。光の優しい画が連なり、やさぐれた主人公たちとの画とが対照的であり、少々キツめのジョークも穏やかに堪能できるし、スコティッシュイングリッシュばりばりの役者陣も見所の一つ。
望むらくは、作品内に登場する100万ポンドのウイスキーを香りだけでも嗅いでみたいものだ。
この映画の中で、アルコール度数の高いスコッチにむせる青年に対して、ウイスキー愛好家でもある更正プログラムの指導員がペットボトルの水でスコッチを薄めてやるシーンがある。ここで注ぐ水は、ほんの1割程度。あんな薄め方もあるのだと会得した次第。
映画でウイスキーが注がれるのは常にブレンダーグラスである。当然だがロックグラスは登場しない。ブレンダーグラスの形状を見ると下部が膨らんでおり、飲み口にかけてはなだらかにすぼまっている。そのためウイスキーの香りを逃がさず、最後の一滴まで楽しめる。
やはりウイスキーはフレーバーがカギなのだ。水にこだわるのと同時に、グラスにもこだわりたいと思わせる映画だった。