北極圏に接するユーコン。日本から比較的行きやすい一方で、雄大な大自然を堪能できる極北の地である。本日、目指す目的地は極北の街・イヌヴィック(Inuvik)、当地は最北端の町で北極海は目と鼻の先である。しかし、この厳しい地で暮らす人々が織りなす短い夏の余暇は、のんびりした風情を見せてくれていた。
カナダで、ただ一つ北極圏へ陸路でアクセスできるデンプスター・ハイウェイ(Dempster Highway)。名前はハイウェイながら、実際の道路は未舗装の砂利道。全長約740kmで、ドーソンシティー(ユーコン準州)より北上し、目的地イヌヴィック(ノースウェスト準州)という最北の町まで続いている。
このデンプスター・ハイウェイの真ん中に位置する北限のオアシス、イーグル・プレインズ・ホテル(Eagle Plains Hotel)で一泊した後、本日はさらに北に進み、北極圏に突入する。
● 刻々と変わる天候、渡し船に助けられイヌヴィックを目指す
● 陸路で行ける北極圏の町 イヌヴィック
● ドキュメンタリー『アイスロード・トラッカーズ』
● イヌヴィックの夕暮れ、地元の人々がおだやかに、かつ賑やかに暮らす
● イヌヴィックでの宿泊
● 刻々と変わる天候、渡し船に助けられイヌヴィックを目指す
まだ日も昇らぬ中、イーグル プレインズ ホテルを出発しようと、荷物を手に車に近づくと、ガラスにはうっすら氷が張っている。深夜は氷点下まで気温が下がったのだろう。秋口と思いきや、この冷え込みにはかなり驚かされた。
そして、途中、天候が悪化し、9月というのに降雪にあうことになる。これには更に驚いた。しかも、路面は車輪をとられるほどのぬかるみ状態となった。ユーコン準州とノースウェスト準州の州境(Yukon-Northwest Territories border)は峠だったこともあり、冷たい風が吹いている。9月にして、濃霧と降雪となり、初秋とは思えない寒さである、これでは冬の峠越えはさぞかし厳しいことだろう。
道も前半の道程より凹凸がある個所が増え、車ならなんとか走行可能だが、オフロードバイクではちょっと厳しいような悪路が続く。やはり今回は4WD(四輪駆動)の車を選択して、つくづくよかったと思う。
デンプスター・ハイウェイの後半戦は、天候が目まぐるしく変わり、それに伴って刻々と変化する雲の流れ、地表へ投影される雲の影がなんとも圧巻の景色を織りなす。丘陵地帯を抜けて、ピール川(Peel River)に向かって高度が下がった大平原では、積雪はなくなり、晴れ間もみられるようになった。視界は360度ひらけており、突風が吹く中、突然目を見張るほどの絶景が目の前に広がったりする。車を運転しながら感動の繰り返しなのである。
目的地イヌヴィック(Inuvik)へたどり着くまでに、夏場は渡河用のフェリーに2回ほど乗る。この辺りは湿地帯で、冬は一面凍りついているが、夏には大きな川がところどころ現れるからである。ただ、フェリー乗り場と言っても、なにもない荒野にポツンと大きな渡し船が行き来しているだけである。
フェリー待ちのどの車も先ほどのぬかるみで酷い汚れようである。自分の車もナンバープレートすら全く読めない。しかし、走ればすぐ汚れてしまうため、洗車をするに気には全くなれない。
最終目的地のイヌヴィックを前にして、地図に記載されていた小さな町フォートマクファーソン(Fort McPherson)にさしかかる。人口が800程度のこの町にもホテルが1軒あるらしいので、そこそこの町の機能を要しているようだ。せっかくなので、町中に向けてハンドルを切る。メイン通りを軽く流すように走ったが、ホテルとスーパーが2軒あるだけで、食堂らしきものはない、但しガソリンスタンドは1軒あった。帰路を考えると、何かにつけ、こういった偵察で得られる情報が安心材料になる。
フォートマクファーソンに食堂はなかったので、ランチはお湯を注ぐだけのパスタで済ませることにした。イヌヴィックまでは、残り100kmあまりである。
そして、再び渡し船のフェリーに乗って、今度はマッケンジー川(Mackenzie River)を越えると、イヌヴィックまでもう少しである。
● 陸路で行ける北極圏の町 イヌヴィック
当時、陸路で行けるカナダ最北の街イヌヴィックには、夕刻前に到着。結局、370km走破するのに8時間を要した。そして、ユーコン準州とノースウェスト準州の間には、時差が1時間あるので、1時間ほど夜の訪れが早くなる。
人口3000人の街イヌヴィックは、円形の教会以外には観光スポットのないこぢんまりとした街であった。この円形の教会はローマ・カトリック教会で「イグルー教会(Igloo Church)」と呼ばれている。イグルー(Igloo)と言われるイヌイットのつくる氷製のかまくらに似ていることから、この愛称で呼ばれている。イグルー教会は木造で、凍土の上に建てられており、高床式になっている。
街中の大きなスーパーマーケット「NorthMART」が、イヌヴィックで唯一の大型商業施設である。店頭ではたくさんの人が談笑しており、地元の社交場にもなっているようだ。スーパーの商品は充実しており、酷寒仕様のアウターや靴、毛皮商品などから、輸送費込みのためかちょっと割高な食品群まで豊富にある。
● ドキュメンタリー『アイスロード・トラッカーズ』
当時、夏場は、ここイヌヴィックが陸路で行ける最北の地であった。当時は冬になり氷が張ると、やっと奥地に行くことができる。川が凍ったところがそのままIce Road(氷の道)になり、160km先のトゥクトヤクトゥク(Tuktoyaktuk)まで行くことができるのだ。それが、2017年に開通したイヌヴィク-トゥクトヤクトゥク ハイウェイ(Inuvik–Tuktoyaktuk Highway)によって夏でも北極海に出られるようになった。背景には北極圏の領土問題などもあるようだ。
氷の上を走るのは気分もよさそうなので、いずれ試してみたいところであるが、さすがに氷点下数十度の中を旅するのは危険すぎて叶わぬ夢であろう。
このアイスロードについて、面白いドキュメンタリー番組がある。米国の衛星放送ヒストリーチャンネルで制作された『アイスロード・トラッカーズ』(原題:Ice Road Truckers)がそれだ。
人気番組であるらしく、いくつものシーズンが制作されているが、その中のシーズン2はイヌヴィック近辺を舞台としている。氷の上を戦車のような大型トレーラーが爆走する様は迫力満点だ。輸送は時間との闘いなのでスリップ事故も多く、厳寒の中での輸送の上に、暴風や嵐にもみまわれる。そして、氷の下は深く冷たい河や湖。雪解けが近づくと数十トンのコンテナを積んだ重いトレーラーは、それこそ危険きわまりない。
● イヌヴィックの夕暮れ、地元の人々がおだやかに、かつ賑やかに暮らす
イヌヴィックに到着して夕暮前にガソリンスタンドに行き、翌日の為に満タンにする。その後はなにもない町を散歩するとマッケンジー川に出た。夏場は水運も重要な物流手段と見え、鉱物を満載した船が着岸していた。
また、この日は日曜日だったので、夕方の川辺にはたくさんの人が繰り出していた。ちょうど沖に釣りに出かけた小型船が戻ってくる時刻であり、釣果を期待する家族の出迎えで賑やかであった。小型の自家用ボートを、家族総出で陸に引き揚げる様をのんびりと眺めていると、大半の方々が、夫婦や子供連れのイヌイット人であることに気がつく。
釣り具を片付ける旦那をしり目に奥さん同士が釣果を語り合ったり、男同士で船の引き上げを助け合ったり、黄昏時に彼らの憩いの時間がゆったりながれている。そして、極北の厳しい地で暮らす人々の余暇を楽しむ様は、眺めているこちらの心までも和ませてくれる。
● イヌヴィックでの宿泊
イヌヴィックの宿泊は、いくつかある中で1番立派そうなマッケンジーホテルに宿泊した。シーズンオフだった為か周囲のホテルはお休み中で予約が取れなかった為である。実際、宿泊してみると快適なホテルで、長旅と運転の疲れを癒やすに最適なホテルであった。
マッケンジーホテルは最北の地とは思えないほど、設備が整っている。備品などは多少古いものの、部屋にはレンジもあり、とても居心地のよい部屋であった。また、レストランの食事もまずまずで、お値段は多少はるものの、美味しい食事にありつけたのは予想外であった。