50年前のヴィンテージオーディオのハイレゾ感に息を呑む / 五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート

昨年、抽選に当たり五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサートに行ってきた。場所は石神井公園ふるさと文化館である。50年前のヴィンテージオーディオをしっかりセットアップされた環境で聴くことはなかなか希有な経験なのでちょっとまとめてみた。

01五味氏
スピーカー:Tannoy G. R. F. Autograph(1964年製)

——海外のコンサートホール、かつての歴史的なコンサートに誘ってくれるのが自分にとってのオーディオ。 なぜ旅ブログでオーディオか、というお話はコチラになります——

・黎明期の日本オーディオの権威、 五味康祐

五味康祐という方は、大昔に芥川賞をとった剣豪小説で著名な作家さん。私は彼の小説を一冊も読んだことはない(笑)。ただ、彼には別の一面があって、それは日本のオーディオ黎明期にオーディオ機器やクラシック音楽の評論でならしたということ。そして、その氏が誇るオーディオ機器を石神井公園で聴くことができる。五味氏の遺族の死後、練馬区がオーディオシステム一式を引き取り、レコード試聴の形で一般公開しているためである。今回は運良く、その会の抽選に当たり、石神井公園まで出かけそれを聴いてきた。

・逸品揃いのオーディオ機器

スピーカーは英国製タンノイ、アンプは米国マランツのアンプ、今や日本のビンテージオーディオの定番であるが、当時としては、初物に近いレアな機器類であった。更に、五味氏の場合はここに至るまでに、何台もの機器を欧米から輸入し、やっと落ち着いたのだから、当時としても最高の選択肢だったのだろう。

このタンノイのスピーカーの音は、私にとっても学生時分の思い出でもある。学生時代は、お金がないのでCDもレコードもあまり買えず。新譜を含め、ほぼ音楽喫茶で聴いていた。その喫茶店にあったのがタンノイのスピーカー。なので、私のクラシック音楽の耳は、タンノイで養われた。そういう意味でもメンテナンスのしっかりされているタンノイが聴けるとあって、楽しみに出かけた。

・オーディオコンサートの演目

プログラムはメンデルスゾーン特集とのことで以下。
 無言歌集からヴェネチアの舟唄 ピアノ:ギーゼキング
 ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリン:ハイフェッツ、指揮:ミュンシュ/ボストン響
 交響曲第4番イタリア 指揮:シノーポリ/フィルハーモニア管
 無言歌集からヴェネチアの舟唄 ピアノ:デムス
プログラムの選曲もよいが、モノラル(スピーカーの製造年に近い録音)→アナログ録音→デジタル録音と時代を追っての録音形態を楽しめるのもよい。

・五味康祐 オーディオコンサートの景色

会場に入り、レコードコンサート開始前はBGM的にグールドのCDをかけていた。この音がいけない。「なんだこりゃ」今日はわざわざ出向いてハズれだったなと思った。音の情報量が少なくて、ピアノ本来の音がしない。

02五味氏
メインアンプ:McIntosh MC-275

ところがレコードコンサートが開始するや、最初にかかったピアノの音に愕然とする。モノラル録音ながら生々しいピアノの音が部屋に充満する。続いてかけられたヴァイオリン協奏曲、59年と言えばアメリカのオーケストラが輝いていた頃、当時の時代がかった、いささか表情過度な演奏が楽しめる。ヴァイオリンの場合、オーディオ的な聴き方は楽器のボディの鳴っている感じが聴いてとれるか、箱が立体的に聞こえるか、というところだが、それは十分。聴きようによってはハイフェッツのヴァイオリンの弦から松脂の飛散が見えるかのような(←オーディオ的なくだらない表現-笑-)弾きっぷりが堪能できる。

ただ、おやと思うのは、ヴァイオリンのソリストが眼前に出ばりすぎ、名人ハイフェッツとは言え、録音でオーケストラを遙か後ろに据え、ここまでソリストに出ばるような録音はしないはずだ。この録音はボストン・シンフォニーホールの響きが、あまりしっかり入っていない為、響きも抑制されヴァイオリンばかりが目立ってしまう。なぜ伴奏とのバランスがかくも悪く再生されるのかは不明。自宅で同じ盤をCD、LPともに聴き直してみたが、やはりそんなに出しゃばるような録音ではなかった。今回のシステムで聴く、ソリスト重視のディフォルメ再生による不自然感は否めない。

03五味氏
LPレコードプレーヤー:EMT 930ST

続くシノーポリの「イタリア」。これは音響のよいロンドンのキングスウェイ・ホールで収録。ただでさえ残響が豊かすぎるのに、ドイツグラモフォン社の趣味の悪い録音手法から、このシステムでは更に悪い方にいってしまい、少々響きすぎでぼやけてしまっていた。また、なぜか右側のスピーカーからの音量が少ない。その為、しばらく左を向いて聴いていた。なぜか、4楽章から右側からも音がし始める。操作ミスとも思えないし、皆さん平気で聴いておられる様子だったので、あえて指摘はしなかった。

クラシックは楽譜が決まっているので、しかるべき時にしかるべき旋律が聞こえないとか、ホールにいる感じがしないとかは、やはり聴いていて落ち着かない。特に、臨場感についてはクラシックもJAZZも変わらない。かぶりつきの席なら、相応の近い臨場感を味わいたいし、遠い席であれば、音にも相応のステレオ感ある見通しの良さを感じたい。もちろん、その臨場感とは大音量を浴びるということではなく、文字通りジャズクラブならジャズクラブ、コンサートホールならコンサートホールの響きと音が、あたかも眼前に立ち現れるか、音に身体じゅうが包み込まれるかのどちらかである。

今回のレコードコンサート、ピンとこないこともあったが、感想をひと言で言うと、半世紀も前に、こんな音が聴けた五味さん当人は、たいそう幸せであったなぁ、ということ。

・五味康祐 オーディオのセッティングとメンテナンス

練馬区は、このオーディオシステムを譲り受けてから、5,6年かけてメンテナンスをして、良くしてきたようだ。ステレオサウンド誌の関係者などの力もあって、今では、かなり良くなったと言う。多少、再生バランスにおかしなことは感じたが、現在のオーディオシステムでも、この音を出すには数万円の機器では、とても無理だ。また、昨今、スピーカーの材質の進歩は素晴らしいものがあるので、スピーカーだけ新しいものに変えれば、それだけで今のハイエンドの音に近づくと思われる。むしろ、コンクリートの響きすぎの小部屋で、よくここまで鳴らせるようにしたな、と関係者の技に感心する。

実際の調整の苦労は、スピーカーの背後に計算されたスペースをとったり、空箱を置いたり、セッティングや反響の処理柱の設置なんかにも見てとれる。このプロの労苦の末の再生音を名盤レコードでたっぷり堪能できる機会はなかなかないだろう。
視聴室のご担当の方に確認してみると、譲渡後、真空管とケーブル(ウェスタンエレクトリック社製)は新しいものに変えたそう、ただユニット含めてスピーカーは英国タンノイ社から輸入した当時のままだとか。まさに50年前のオーディオを聴くにうってつけであり、当時の技術に驚く。

たまには、他の人のセッティングしたシステムを聴くのも、様々な気づきがあってよいものである。

<使用機器>
LPレコードプレーヤー:EMT 930ST
カートリッジ:EMT TSD-15
プリアンプ:McIntosh C-22
メインアンプ:McIntosh MC-275
スピーカー:Tannoy G. R. F. Autograph(1964年製)

04五味氏

<参考>
● 五味氏による「オーディオ愛好家の五条件」というのが貼ってあった。
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オーディオ愛好家は、次の五条件を満たしていなければならない。そうでない人のオーディオに関わる発言を、参考にはしても信じようとは私は思わない。五条件とはこうである
 ①メーカー・ブランドを信用しないこと。
 ②ヒゲのこわさを知ること。
 ③ヒアリング・テストは、それ以上に測定器が羅列する数字は、いっさい信じるに足らぬことを肝に銘じて知っていること。
 ④真空管を愛すること。
 ⑤金のない口惜しさを痛感していること。
※レコードのセンターの孔の周辺にターンテーブルの中心の尖が当たった跡のことを「ヒゲ」と称する。要はレコード盤の取扱を丁寧にせよ、との戒め。
→①③については特に同意する。日本のオーディオ誌は、ほぼ寡占で提灯記事ばかりだし、聞く側も自分の耳を信用せず、仕様書に書かれた数値、雑誌やネットの評価ばかりを気にしているから。

● メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は昨夜以下を聴き直したが、やはりチョン・キョンファが演奏、録音ともにベストと思う。
ハイフェッツ/ミュンシュ/ボストン響(RCA59年)
シェリング/ドラティ/ロンドン響(mercury64年)
キョンファ/デュトワ/モントリオール交響(DECCA81年)
シャハム/シノーポリ/フィルハーモニア管(Deutsche Grammophon88年)
メニューイン/フルトヴェングラー/フィルハーモニア管(EMI53年)

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 チョン・キョンファ
五味 康祐さんの書籍

東京 / 練馬

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