50年前のヴィンテージオーディオのハイレゾ感に息を呑む / 五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート

50年前のヴィンテージオーディオのハイレゾ感に息を呑む / 五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート

抽選に当たり、五味 康祐 氏のオーディオによるレコードコンサートに行ってきた。会場は石神井公園ふるさと文化館である。50年前のヴィンテージオーディオを、しっかりセットアップされた環境で聴くことは、なかなか希有な体験であった。
今回ご紹介するのは、五味康祐氏が愛用したタンノイなどのオーディオシステムを堪能する、石神井公園ふるさと文化館のレコードコンサートの体験談である。
五味 康祐とは?日本のオーディオ黎明期を支えた評論家
五味康祐が愛用したヴィンテージオーディオ
五味 康祐のオーディオで聴くレコードコンサート
50年前のヴィンテージオーディオを実際に聴いてみた
五味康祐のオーディオシステムとセッティング

–海外のコンサートホール、かつての歴史的なコンサートに誘ってくれるのが自分にとってのオーディオ。なぜ旅ブログでオーディオなのか?というお話は、こちらの記事「本場のコンサートホールを再現する」をご参照ください–

五味 康祐とは?日本のオーディオ黎明期を支えた評論家

五味 康祐 という方は、かつて芥川賞を受賞した、剣豪小説で著名な作家である。時代劇に関心のない私は彼の小説を一冊も読んだことがない。ただ、彼にはもう一つの顔がある。それは、日本のオーディオ黎明期に、オーディオ機器やクラシック音楽の評論家として活躍したことである。
そして、その五味氏が愛用したオーディオ機器を、石神井公園で実際に聴くことができる。五味氏の遺族から、練馬区がオーディオシステム一式を引き取り、レコード試聴会という形で一般公開しているためである。今回は運良く、その会の抽選に当たり、石神井公園まで出かけて、実際にその音を聴いてきた。

五味 康祐のオーディオ オーディオの神様について @石神井公園ふるさと文化館
オーディオの神様について @石神井公園ふるさと文化館

● 五味康祐が愛用したヴィンテージオーディオ

スピーカーは英国製のタンノイ、アンプは米国マランツ製である。今や日本のヴィンテージオーディオでは定番となっているが、当時としては、まだ珍しい先進的な機器だったのである。さらに、五味氏の場合、ここに至るまでに何台もの機器を欧米から輸入し、試行錯誤の末にたどり着いたシステムである。そう考えると、当時としても最高の選択肢の一つだったのだろう。

このタンノイの音は、私にとって学生時代の思い出でもある。学生時代はお金がなく、CDもレコードもあまり買えなかった。新譜を含め、音楽のほとんどは音楽喫茶で聴いていた。その喫茶店にあったのがタンノイのスピーカー。だから、私のクラシック音楽を聴く耳は、タンノイで養われた。そのような意味でも、しっかりメンテナンスされたタンノイを聴けるとあって、楽しみに出かけた。

五味 康祐のオーディオ スピーカー:Tannoy G.R.F. Autograph(1964年製) @石神井公園ふるさと文化館
スピーカー:Tannoy G.R.F. Autograph(1964年製) @石神井公園ふるさと文化館

五味 康祐のオーディオで聴くレコードコンサート

プログラムはメンデルスゾーン特集で、以下のような内容である。
 無言歌集からヴェネチアの舟唄 ピアノ:ギーゼキング
 ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリン:ハイフェッツ、指揮:ミュンシュ/ボストン響
 交響曲第4番イタリア 指揮:シノーポリ/フィルハーモニア管
 無言歌集からヴェネチアの舟唄 ピアノ:デムス
プログラムの選曲もよいが、モノラル録音(スピーカーの製造年に近い時代の録音)からアナログ録音、そしてデジタル録音へと、時代を追って録音形態の違いを楽しめるのもよい。

● 50年前のヴィンテージオーディオを実際に聴いてみた

会場に入ると、レコードコンサート開始前のBGMとして、グールドのCDがかかっていた。ところが、この音がいけない。「なんだこりゃ」。今日はわざわざ出向いてきたのに、ハズレだったかな、と思った。音の情報量が少なく、ピアノ本来の音がしていない。

ところが、レコードコンサートが始まるや、最初にかかったピアノの音に愕然とした。モノラル録音ながら、生々しいピアノの音が部屋いっぱいに広がった。続いてかけられたハイフェッツのメンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲、1959年といえば、アメリカのオーケストラが輝いていた時代である。当時らしい、いささか表情過多な演奏が楽しめる。

ヴァイオリンの場合、オーディオ的な聴き方をすれば、楽器のボディが鳴っている感じを聴き取れるか、楽器の箱が立体的に感じられるか、といったところがポイントになる。その点では十分であった。
聴きようによっては、ハイフェッツのヴァイオリンの弦から”松脂が飛び散る様子まで見えるかのような”(←オーディオ的なくだらない表現ながら-苦笑)―弾きっぷりが堪能できる。

五味 康祐のオーディオ メインアンプ:McIntosh MC-275@石神井公園ふるさと文化館
メインアンプ:McIntosh MC-275@石神井公園ふるさと文化館

ただ、「おや」と思うのは、ヴァイオリンのソリストが眼前に出過ぎることである。名人ハイフェッツとはいえ、録音でオーケストラを遙か後ろに据え、ここまでソリストを前に出すようなバランスには、普通はしないはずだ。
この録音は、ボストン・シンフォニーホールの響きがあまりしっかり入っていないため、残響も抑制され、ヴァイオリンばかりが目立ってしまう。なぜ伴奏とのバランスが、これほど悪く再生されるのかは不明である。
自宅で同じ音源をCD、LPの両方で聴き直してみたが、やはり、ここまで出しゃばるような録音ではなかった。今回のシステムによる、ソリストを重視したディフォルメ的な再生には、不自然さが否めなかった。

続くシノーポリの「イタリア」。これは音響のよいロンドンのキングスウェイ・ホールで収録されたものだ。ただでさえ残響が豊かなのに、ドイツ・グラモフォン社の録音手法によって、このシステムではさらに悪い方向に作用してしまい、少々響きすぎて音がぼやけていた。
また、なぜか右側のスピーカーの音量が小さい。そのため、しばらく左を向いて聴いていた。ところが、なぜか第4楽章から右側のスピーカーからも音が出始めた。操作ミスとも思えなかったが、皆さん平然と聴いている様子だったので、あえて指摘はしなかった。

五味 康祐のオーディオ LPレコードプレーヤー:EMT 930ST @石神井公園ふるさと文化館
LPレコードプレーヤー:EMT 930ST@石神井公園ふるさと文化館

クラシックは楽譜が決まっているので、しかるべきところでしかるべき旋律が聞こえない、あるいはホールにいるような感じがしないというのは、やはり聴いていて落ち着かない。
特に、臨場感については、クラシックもジャズも変わらない。かぶりつきの席なら、それにふさわしい近い臨場感を味わいたいし、遠い席であれば、音にも相応のステレオ感と見通しのよさを感じたい。
もちろん、ここでいう臨場感とは、大音量を浴びるということではない。文字どおり、ジャズクラブならジャズクラブ、コンサートホールならコンサートホールの響きと音が、あたかも眼前に立ち現れるか、あるいは音に身体じゅうが包み込まれるか。そのどちらかなのである。

今回のレコードコンサート、ピンとこないところもあった。しかし、感想をひと言で言えば、半世紀も前にこんな音を聴くことができた五味さん本人は、たいそう幸せだったのだろうなぁ、ということである。

● 五味康祐のオーディオシステムとセッティング

練馬区は、このオーディオシステムを譲り受けてから、5、6年かけてメンテナンスを行い、状態を良くしてきたようだ。ステレオサウンド誌の関係者などの協力もあって、現在ではかなり良い状態になったという。
多少、再生バランスにおかしなところは感じたが、それでも、この音を出すには安価なオーディオ機器ではとても無理である。

また、昨今のスピーカーは、材質面での進歩が素晴らしい。したがって、スピーカーだけを新しいものに替えれば、それだけでも現在のハイエンド機に近い音にできると思われる。むしろ、コンクリートが響きすぎる小部屋で、よくここまで鳴らせるようにしたものだと、関係者の技に感心した。

スピーカーの背後の工夫 @石神井公園ふるさと文化館
スピーカーの背後の工夫 @石神井公園ふるさと文化館

実際の調整の苦労は、スピーカーの背後に計算されたスペースを取ったり、空箱を置いたり、セッティングを工夫したり、反響を処理する柱を設置したりしていることからも見て取れる。こうしたプロの労苦の末に生まれた再生音を、名盤レコードでたっぷり堪能できる機会は、なかなかないだろう。

視聴室のご担当者に確認してみると、譲渡後、真空管とケーブル(ウェスタンエレクトリック社製)は新しいものに交換したそうだ。ただし、ユニットを含め、スピーカーは英国タンノイ社から輸入した当時のままだというまさに50年前のオーディオを聴くにはうってつけの状態であり、当時の技術力には驚かされる。

たまには、他の人がセッティングしたシステムを聴くのも、さまざまな気づきがあってよいものである。

<使用機器>
LPレコードプレーヤー:EMT 930ST
カートリッジ:EMT TSD-15
プリアンプ:McIntosh C-22
メインアンプ:McIntosh MC-275
スピーカー:Tannoy G. R. F. Autograph(1964年製)

<参考>
・ 五味氏による「オーディオ愛好家の五条件」というのが貼ってあった。

オーディオ愛好家は、次の五条件を満たしていなければならない。そうでない人のオーディオに関わる発言を、参考にはしても信じようとは私は思わない。五条件とはこうである
 ①メーカー・ブランドを信用しないこと。
 ②ヒゲのこわさを知ること。
 ③ヒアリング・テストは、それ以上に測定器が羅列する数字は、いっさい信じるに足らぬことを肝に銘じて知っていること。
 ④真空管を愛すること。
 ⑤金のない口惜しさを痛感していること。
※レコードのセンターの孔の周辺にターンテーブルの中心の尖が当たった跡のことを「ヒゲ」と称する。要はレコード盤の取扱を丁寧にせよ、との戒め。

・ メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲について
以下の録音を聴き直した。やはり、チョン・キョンファ盤が演奏・録音ともにベストだと思う。
ハイフェッツ/ミュンシュ/ボストン響(RCA59年)
シェリング/ドラティ/ロンドン響(mercury64年)
キョンファ/デュトワ/モントリオール交響(DECCA81年)
シャハム/シノーポリ/フィルハーモニア管(Deutsche Grammophon88年)
メニューイン/フルトヴェングラー/フィルハーモニア管(EMI53年)

東京 / 練馬

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