海外のコンサートホールや歴史的な名演に誘ってくれる存在が、自分にとってのオーディオである。欧州で体験した豊かなコンサートホールの響きを忘れることができない。それを自宅で再現したいと思い、若かりし頃、よく知らないオーディオショップに飛び込んだ。そのオーディオショップ「らっぱ堂」の親切なオーナー天野さんが、いろいろなレコードを聴かせてくれ、中古ながら良い製品が揃った際に声をかけてくれた。
提示された金額は、当時の自分には無茶な金額であったが、旅の思い出には代え難く、また末永く日々を豊かにしてくれるのではないかと思い、借金をして購入に踏み切った。
当時購入した機器は、今の構成とは全く異なってしまったが、その時のオーディオに求めたこと、オーディオへの想いは今も変わらない。そして、訪ねたコンサートホールの音盤を購入しては、当時の思い出にふけっている。
そして、これらの機器の購入から四半世紀以上を経ても、ヨーロッパに再び音楽を聴きに行っているのは、この時の無茶とも思える買い物のおかげであると思う。良い音で音楽を聴き続けたからこそ、今も欧州の演奏家とホールが醸し出す空気感を追い求めてしまう。
旅とオーディオは今でもとても密接に関わっている。
● オーディオとの馴れ初め~コンセルトヘボウやムジークフェラインを我が家へ
● オーディオ店との出会い~青山のらっぱ堂と天野さん
● 運命のスピーカー マーティンローガン(MartinLogan)に出会う
● 真空管アンプ(管球アンプ)の逸品 Audible Illusions Modulus2 と QUICKSILVER AUDIO Mono Block を薦められる
● レコードプレーヤーは叩いても音飛びしない SOTA sapphire
● CDプレーヤーはフィリップス CDM-4搭載 PHILIPS LHH300

● オーディオとの馴れ初め~コンセルトヘボウやムジークフェラインを我が家へ
オーディオとの馴れ初めは、社会人1年目の大借金から始まった。慣れぬ仕事と残業の日々で、大学時代のヨーロッパ旅行への思い出にしょっちゅう逃避し、浸っていた。そして、旅の最中に聴きまくった夜ごとのコンサートの記憶を懐かしんでもいた。
この記憶を定着させたく、清水の舞台から飛び降りた気持ちで、購入したのがこの時のオーディオセット。その後、長らく借金返済に悩まされながらも、若い時分に自己へ投資する大切さを教えてもらったのも、この買い物だった。
学生時代の旅行ではヨーロッパ中のコンサートホールを巡って、その響きとその芳醇な音に魅了された。少しでもそれらのホールの音響に近い音を自宅で再生したいと思ったのが、良いオーディオが欲しいと思ったきっかけ。そんな音楽への想いがきっかけなので、オーディオの知識はその時、皆無に等しかった。
ただただ、記憶に残る 素晴らしい響きの アムステルダムのコンセルトヘボウ や ウィーンのムジークフェライン の音響を再び味わいたかったのが、オーディオを買い揃える目的であり、願望に近いものだった。

● オーディオ店との出会い~青山のらっぱ堂と天野さん
表参道駅は通勤の途中駅で立ち寄るのも便利だったのだろう。雑誌かなにかの広告で知り、青山のらっぱ堂さんを覗いてみた。自分のような素人で、社会人1年目のお金もないサラリーマンを普通に迎えてくださったのが店主の天野さんだった。高額品を扱う方にしては親しみやすく、「昔はタンノイの大きなスピーカーを昔はかついで階段をあがった」だとか、気さくな雑談話をたくさんしてくれた。
そして、コンサートホールの響きが聴きたいなどと世迷い言のようなことを言った私に、勧めてくれたのがマーティンローガン(MartinLogan)というスピーカーで、これが運命の出会いになった。コンデンサー型スピーカーなどというものの存在は全く知らなかったが、一聴しただけで旅先で聴いたホールがそこに存在するのが感じ取れた。

このスピーカーから出る繊細で音場感ある音に完全にまいってしまった。ダイナミックな表現力は少々物足りないのだけれども、目の前にアムステルダムのコンセルトヘボウの会場がぐわーっと拡がるし、教会音楽では教会の高い尖塔に達するかのような天井高が目に浮かぶような音場表現に驚いた。
この体験ですべてが決まってしまった。それまでのタンノイやJBLなどヴィンテージオーディオ的なものが1番だと思っていたが、それとは別世界とも言えるオーディオ知識をいただいたのだ。それにクラシック音楽を聴くならヨーロッパブランドのオーディオと決めつけていたけれど、技術面でアメリカには中小含めて優れたオーディオメーカーがたくさんあると知ったのもらっぱ堂のおかげである。TAS/アブソリュートサウンドという米国のオーディオ誌も天野さんから教わり、これを読むと確かに世界には自分には知らない機器がたくさんある。そして、明快な評論が多く掲載され、日本のStereo Sound誌がかすむようになってしまった。
超がつくほど優秀録音のREFERENCE RECORDINGS/リファレンスレコーディングスのレコードを初め、いくつもの優秀録音の輸入盤も「らっぱ堂」で紹介いただいた。当時、外盤と言えば長岡鉄男氏が紹介するものが主流だったが、それらとは一線を画するように音楽的にも上質のものばかりで、古い録音もけっこう含まれていた。この時「らっぱ堂」で買った超優秀録音のレコードは今では宝物になっていて、市場では破格で取引されているものばかりである。

天野さんが入れ込んでいたSpectral/スペクトラルのアンプには、価格的にとても手が届かなかったけれど、聴かせてもらって、指向されているオーディオの姿がよくわかった。その音とは、日本で一般的なボンヤリとした良い雰囲気の音作りではなく、リアルでコンサートで聴く音のようになまめかしいものだった。それで、ホールの音を再現する、エンジニアが求めた音を忠実に再生するとはこう言う機器なんだと初めてわかった。
そんな体験が最初にあったからこそ、オーディオを愛好し続けていけたのだろうし、後にデジタルアンプにも抵抗なく移行できたのだと思う。もう「らっぱ堂」はなくなってしまったけれど、この時天野さんに教えてもらったハイスピードで空間表現に優れた再生機器が基本だとの考えが根底にあって、歳を重ねてお金ができた時に少しずつそういった機器に近づけていくようになった。

昨年やっと接続するケーブルも「らっぱ堂」が推薦していたMIT社のもので揃えることができた。おかげで今はずいぶんと当時教えていただいた音に近づいたと思うし、よりいっそう、学生時代に聴いた欧州各地の録音音盤を聴いて、各コンサートホールの余韻に浸れるようになった。
そして、天野さんのが敬愛していたSpectralとREFERENCE RECORDINGS率いるKeith O. Johnson/キース ジョンソン博士の凄さも今のオーディオ環境で更によく理解できるようになった。

当時、天野さんが揃えてくださった機器は以下であった。押し売りするでもなく、スピーカー以外は中古で上質の良いものを揃えてくださった。
● 運命のスピーカー マーティンローガン(MartinLogan)に出会う
先に記したマーティンローガン(MartinLogan)がまずは筆頭で音場、サウンドステージを初めて認識したのがこのスピーカーで一聴してメロメロになってしまった。そして、秀逸なるは、そのデザイン。透明なフィルムを蜂の巣状のパネルが挟み、たいそうモダンで、ここから音がでるのも不思議だった。

● 真空管アンプ(管球アンプ)の逸品 Audible Illusions Modulus2 と QUICKSILVER AUDIO Mono Block を薦められる
このコンデンサー型スピーカーを駆動させるには、パワーがあって音も濁らせないアンプが必須とのことで、中古ながら、プリアンプ Audible Illusions Modulus 2と パワーアンプ QUICKSILVER AUDIO Mono Block と管球式のものを薦めてもらった。


8417という真空管がKT88ほどメジャーではなく、真空管交換時にはその入手に四苦八苦したのも、今となってはよい思い出である。
アメリカのスピーカーとアンプなのだからと、真空管はロシア製や中国製ではなく、オリジナルに近いGE製と交換時にもこだわったので希少性も高く、横浜まで真空管を買い出しに行ったことを覚えている。
と言っても、真空管アンプはコンデンサーアンプに比べて、真空管を交換すれば新品のアンプに生まれ変わるのだから、多少大枚をはたいてもお得感もある。真空管アンプユーザーとなって、こんなところも嬉しかった。

● レコードプレーヤーは叩いても音飛びしない SOTA sapphire に、アームはGRADO Signature
当時はまだレコードも大量に流通していたので、レコードプレーヤーも奮発した。日本では主流のダイレクトモータードライブではなくベルトドライブ。更に、SOTA sapphire のターンテーブルはバネでしっかり浮いており、再生中に筐体を手で叩いても針が飛ばない、驚きの構造を有するレコードプレーヤーであった。
インシュレーターもガッチリとロックするものがついており、アームは GRADO Signature 、無骨な外見ながら音をかなり繊細に拾い、デリケートな表現が得意だったと記憶している。

● CDプレーヤーはフィリップス CDM-4搭載 PHILIPS LHH300
CDプレーヤーは、ちょっと後から購入した。当時のCDプレーヤーと言えばフィリップスで、スイング・アームのドライブメカ CDM-4がとても評判がよかった。デザインは今でも通用する曲線を生かしたもので、美しいCDプレーヤーだった。
多分、無理をして、この時オーディオシステムを購入していなければ、その後において真摯に音楽に向き合うことにもならなかっただろうし、あれだけ聴きまくったヨーロッパでのクラシックコンサートのことも記憶の彼方となってしまったことだろう。もっと言えば、あれから四半世紀以上経っても、ヨーロッパに再び音楽を聴きに行き、自分の音楽観も結果的に拡げてくれたのは、この時の無茶とも思える買い物の結果だったと思う。
10年ほど前にスピーカーを買替え、今ではアンプもデジタルアンプに変えてしまった。ただ、今でもオーディオが届いた日のときめき、深夜に薄くぼんやり光る真空管の灯、スネアブラシの細いワイヤーが1本1本ドラムに当たるような繊細な音を思い出す。